tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『消滅 VANISHING POINT』恩田陸

消滅 VANISHING POINT (上) (幻冬舎文庫)

消滅 VANISHING POINT (上) (幻冬舎文庫)

消滅 VANISHING POINT (下) (幻冬舎文庫)

消滅 VANISHING POINT (下) (幻冬舎文庫)


超大型台風接近中の日本。国際空港の入管で突如11人が別室に連行された。時間だけが経過し焦燥する彼ら。大規模な通信障害で機器は使用不能。その中の一人の女が「当局はこの中にテロ首謀者がいると見ている。それを皆さんに見つけ出していただきたい」と言った。女は高性能AIを持つヒューマノイドだった。10人は恐怖に戦きながら推理を開始する。

ひさしぶりの恩田陸さん。
サスペンスっぽいあらすじに惹かれて読み始めたのですが、サスペンスっぽいところもあるものの、どちらかというと登場人物たちのコミカルな会話が印象に残る作品でした。
とはいえ、そんな一見コミカルな中に不穏な雰囲気を漂わせるところは、恩田さんらしいなとうれしくなりました。


普通に渡航先の海外から日本に帰国してきただけなのに、入管で止められて別室に連れて行かれ、自分がテロリストとして疑われているということを知らされる。
なかなか怖いシチュエーションですね。
自分が無実であるということを自分が一番よくわかってはいても、それを自分を疑う他者にどう説明し納得させるかは相当な難題であろうことは明らかで、できればそんな状況には陥りたくないなと思い、登場人物たちに同情せずにはいられませんでした。
テロリスト容疑者は全部で10名。
少々怪しげな人もいれば、テロリストのイメージには程遠い人もいて、本当にこの10人の中に本物のテロリストがいるのか、いるならばそれは誰なのかと、ミステリ的好奇心をかきたてられます。
10人は会話をしながらそれぞれに誰がテロリストなのか推理していくのですが、考えてみればこれも怖いですね。
そもそもテロリストがいると疑っているのは誰なのかといったら、それはやはり日本という国家なのですが、「誰が」という具体的な人物像はまったく浮かんできません。
しかもなぜかテロリストの正体を突き止める役割を与えられたのは10人の容疑者たち自身。
一体誰が悪で誰が善なのか、はっきりしないのが怖いのです。


怖いと言えば、本作には一見すると普通の人間にしか見えない精巧な女性型ヒューマノイド、その名もキャスリンというのが登場するのですが、彼女の存在もよく考えると怖いなと思います。
見た目だけではなく会話も普通にこなせるヒューマノイドの彼女ですが、そのような高度なロボットが開発されていてすでに実用化されているという事実は、作中の世界ではまったく報道すらされていません。
その存在を秘密にされている理由は何なのか、一体何を目的に作られたのか、そしてなぜテロリスト容疑者たちの前に現れたのか――そうしたことが一切明かされず謎のままで物語は終わるのですが、明かされないゆえに想像するしかなく、ついつい怖い想像をしてしまいます。
きっとこれは恩田さんが狙ってそういうふうに描いているんだろうなと思います。
キャスリンの背後にちらつく、何か大きなもの、それが「国家」なのか「組織」なのかよくわかりませんが、その得体の知れなさにもぞっとさせられます。
そんな得体の知れないものに、ある日突然テロリストの疑いをかけられるということ。
ただの物語だと笑い飛ばせない妙なリアリティに、背筋が寒くなりました。


テロという物騒な単語が登場するものの、暴力的な場面もなく適度な軽さでするすると読めました。
オチも、その先に何が起こるかを想像してみると楽しいです。
惜しむらくは、舞台が「近未来」の日本であるという設定があまり活かされていなかったように思えました。
もう少し近未来のディテール描写があるとよかったのにと思います。
☆4つ。