tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『アンソロジー 捨てる』アミの会 (仮)

アンソロジー 捨てる (文春文庫)

アンソロジー 捨てる (文春文庫)


連作ではなく、単発でしか描けない世界がある―9人の人気女性作家が、それぞれの持ち味を存分に発揮し、今大変注目を集めている「捨てる」をテーマに豪華競作!女性作家ならではの視点で、人の心の襞をすくいとり丁寧に紡がれた9篇は、いずれも傑作ぞろい。さまざまな女たちの想いが交錯する珠玉の短編小説アンソロジー。収録作「ババ抜き」日本推理作家協会賞受賞!

女性作家が集まって結成された「アミの会 (仮)」のメンバー9名による、「捨てる」をテーマにしたアンソロジーです。
メンバーは実力派ぞろいなので、読む前から安心感がありました。
よく名前を聞いていて、気になっていながら読めていなかった作家さんの作品にも、アンソロジーだと気軽に出会えていいですね。
ミステリ系の作家さんが多いので収録作品は多少ミステリ寄りという感じはしましたが、ミステリばかりということもなく、さまざまなテイストの物語が楽しめました。
それでは9作品それぞれの感想を。


「箱の中身は」 大崎梢
母親に「捨ててきなさい」と言われた女の子が大事に抱える箱の中身。
その中身に対する女の子の思いがいじらしくて、胸がきゅっとしました。
そっと捨てられ、いや隠されたその宝物を預かる主人公の、子どもへのまなざしのあたたかさに、心がほっこりする物語でした。


「蜜腺」 松村比呂美
これはなかなか背筋がぞくりとする話ですね。
主人公の女性の姑も、職場の同僚も、主人公に対してひどい仕打ちで、同情せずにはいられません。
主人公が取る行動も、その心情は察するに余りあるものがあるのですが、かわいそうという気持ちと、ちょっと怖いという気持ちとが混じり合った、複雑な読後感を味わいました。


「捨ててもらっていいですか?」 福田和代
誰もが他人事とは思えないであろう、近しい親族の遺品整理を題材にした物語です。
祖父の死後、遺された家の片づけをしていたら、とんでもないものが出てきてしまうという展開で、どうなることかとハラハラしました。
主人公の恋人がなかなかいい味を出していてよかったです。


「forget me not」 篠田真由美
これも遺品整理をしていたら出てきた謎の物体を骨董品店に持ち込む、という話です。
きちんと片づけられてはいても、物が多ければ何が出てくるかわからないという点で、遺品整理は勇気や胆力が必要な作業ですね。
ラストの骨董品店の女主人の言葉が非常に印象的でした。


「四つの掌編」 光原百合
ショートショートが4作も楽しめてお得感が強い作品です。
しかもホラーやファンタジーなど、それぞれ読み心地が違って、作者の引き出しの多さがうかがえました。
4つの掌編のうち、私はオスカー・ワイルドの「幸福な王子」を下敷きにした作品「ツバメたち」が一番好きです。


「お守り」 新津きよみ
祖母のお手製のお守りをずっと大事に持ち続けてきた女性が、そのお守りを捨てるという決断をする話。
こういうものは捨てにくい気持ちがよく分かるので、共感しながら読み進めていったら、終盤は思わぬ急展開になって驚きました。
主人公が祖母を思う気持ち、祖母が主人公を思う気持ち、その両方が胸を打ちます。


「ババ抜き」 永嶋恵美
日本推理作家協会賞を受賞した作品というだけあって、同じ会社に勤める3人の女性たちがトランプゲームに興じるうちに、思わぬ事実が次々に明らかになっていく展開が非常に面白かったです。
同じ職場に長く勤めていたら、いろいろ社内事情に詳しくなって、誰しも「秘密」を胸に抱えているもので、その点はそうだよねーと共感できたのですが……それにしても怖い話でした。


「幸せのお手本」 近藤史恵
優しい男性と結婚して、仕事も家事も頑張っている女性の幸福を描いた話かと思いきや、そんな甘いものではありませんでした。
主人公が理想の夫婦像だと思ってきた祖父母の関係の真実が、なんとも悲しい。
主人公自身の無自覚な無神経さの描き方も、うまいなぁと思いました。


「花子さんと、捨てられた白い花の冒険」 柴田よしき
近所の男性が捨てようとしていた白い花のついたパンジーをもらって帰った主人公の花子さん。
普通の主婦が、そんなちょっとした出来事から思わぬ事件に巻き込まれます。
主人公夫婦がなかなかいいコンビネーションで、素敵な夫婦関係だなぁとほっこりしました。


全体的に、人間の恐ろしい一面を描いた作品が多かったなという印象です。
アンソロジーというと密室ミステリだとか動物だとか「もの」や「モチーフ」がテーマになっていることが多い気がしますが、「捨てる」という「行為」をテーマにしているのも新鮮な感じがしました。
短編ならではの面白さも存分に味わえて、満足です。
☆4つ。