tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『透明カメレオン』道尾秀介

透明カメレオン (角川文庫)

透明カメレオン (角川文庫)


ラジオパーソナリティの恭太郎は、素敵な声と冴えない容姿の持ち主。バー「if」に集まる仲間たちの話を面白おかしくつくり変え、リスナーに届けていた。大雨の夜、びしょ濡れの美女がバーに迷い込み、彼らは「ある殺害計画」を手伝わされることに。意図不明の指示に振り回され、一緒の時間を過ごすうち、恭太郎は彼女に心惹かれていく。「僕はこの人が大好きなのだ」。秘められた想いが胸を打つ、感涙必至のエンタメ小説。

道尾秀介さんの作品ではいつも「嘘」が効果的かつ印象的に使われています。
本作も例外ではありません。
作家生活10周年を記念して書かれたというだけあって、これまでの道尾作品の総括となるような作品でした。


本作にはたくさんの嘘が描かれます。
主人公のラジオパーソナリティー・恭太郎からして嘘まみれです。
担当するラジオ番組でしゃべっている内容も嘘ばかり。
声は美声なのに、容姿はビン底メガネにちんちくりんで、かっこ悪いと言い切ってしまってもいいくらいに冴えない、というのも、本人が意図したわけではなくてもある意味「嘘」の一種に分類してもいいかもしれません。
見た目だけではなく、ひきこもり歴があったりして中身の方もどちらかというとへたれなのですが、だからこそ顔が見えない「声のみ」のラジオパーソナリティーという職業が合っているのでしょう、嘘の話を語って、現実の自分とは違う自分を作り出すことに完全に成功しているところが面白いです。


そんな恭太郎が自分のファンだという女性、恵 (けい) と出会い、彼女が企てるある計画に巻き込まれていくのですが、恵という人物に関しても、恵の計画の内容についても、これまた嘘だらけであることが徐々に分かっていきます。
さらには、恭太郎とともに恵の計画に協力する、恭太郎の行きつけのバーのママや常連客たちに関する嘘も終盤にかけて明らかになります。
「嘘をつく」というのはよくないことだ、というのが一般的な価値観だと思いますが、本作に登場するたくさんの嘘は、そのほとんどが悪だと責める気にはならないようなものです。
起こってしまったことに対して、「~~だったらよかったのに」「~~すればよかった」と悔やんだり悲しんだりすることは誰にでもあることでしょう。
恭太郎たちの嘘は、そんなどうにもならない思いから脱して、前へ進むための嘘なのです。
どうしたって変えることのできない過去と折り合いをつけようとする彼らの姿が、胸を打ちました。
「嘘も方便」などといいますが、それ以上にポジティブな意味を持つ嘘を、見事に描き切った物語でした。


ミステリ度は低めながら、伏線の張り方とその活かし方にミステリ作家らしさも垣間見られ、道尾さんの作品を初期から読んできた人も楽しめるのではないでしょうか。
何より心地よい読後感がとてもよかったです。
道尾さんが次にどんな嘘を見せてくれるのか、また楽しみになりました。
☆4つ。