tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『神様のカルテ0』夏川草介

神様のカルテ0 (小学館文庫)

神様のカルテ0 (小学館文庫)


人は、神様が書いたカルテをそれぞれ持っている。それを書き換えることは、人間にはできない―。信州松本平にある本庄病院は、なぜ「二十四時間、三百六十五日対応」の看板を掲げるようになったのか?(「彼岸過ぎまで」)。夏目漱石を敬愛し、悲しむことの苦手な内科医・栗原一止の学生時代(「有明」)と研修医時代(「神様のカルテ」)、その妻となる榛名の常念岳山行(「冬山記」)を描いた、「神様のカルテ」シリーズ初の短編集。二度の映画化と二度の本屋大賞ノミネートを経て、物語は原点へ。日本中を温かい心にする大ベストセラー最新作!

このシリーズには毎回泣かされているのですが、シリーズ前日譚であり番外編ともいえる本作でもやはり泣かされてしまいました。
短編集ということで読み応えという面で長編には劣るのではないかなどと考えていたのですが、全くそんなことはありませんでした。
むしろ、シリーズ本編ではなかなか書く機会がないだろうと思えるエピソードを拾い上げることでシリーズの世界をさらに広げつつ、「神様のカルテ」というタイトルの意味にも踏み込んで、読後の満足感は本編と比べても全く遜色ありませんでした。


シリーズの前日譚ということで、一止たちおなじみの登場人物のまだ初々しい時代の話が読めるのが、ファンにはうれしいです。
有明」で描かれる、医学生の頃の一止や進藤や砂山の姿がなんだかとても新鮮でした。
医師国家試験に向けて勉学に励みつつ、恋愛や友人関係や進路について思い悩むさまは、本当に普通の大学生という感じで、自分自身の大学時代と重ねあわせて懐かしい気持ちになりました。
私は医学生というと優秀な人たちというイメージを強く持ってしまうのですが、優秀だろうがなんだろうが若者の持つ悩みや迷いは共通だなと思えて、大いに親近感を抱きました。
それにしても、医学生の進藤がかっこよくて素敵です。
恋人である千夏の目線で描かれている部分があるせいかもしれませんが、きっと一止の目にも進藤はかっこいい男として映っているのではないかなという気がしました。
一止の方はというと、「神様のカルテ」で研修医時代のエピソードが描かれており、これがまたよかったです。
当たり前のことですが、医者も最初はみな新人。
年齢のわりに落ち着いた雰囲気の一止も、さすがに研修医時代は医師としてまだまだひよっこで、頼りない部分もありますが、百戦錬磨の指導医や先輩看護師に導かれて、自らの目指す医師像を固め、着実に経験を積んでいく姿を頼もしく思いました。


さらに、本編では脇役である本庄病院の事務長・金山の人となりが掘り下げて描かれている「彼岸過ぎまで」もとてもよかったです。
単にお金にうるさい事務方というのではなく、金山なりに地域病院のありかたをしっかり考えていて、医師のためを思って仕事をしているプロフェッショナルぶりが伝わってきました。
自分の役割を確実に果たし、地域により良い医療を提供することを第一に考えるという点では医師たちと同じ。
医師や看護師といった医療職だけでは病院は成り立たないのだということがよく分かる一編で、シリーズ本編とは異なる切り口を興味深く読みました。
切り口が異なるといえば、「冬山記」もそうですね。
一止と結婚する前の榛名が登場する、ある日の冬山での出来事を描いた一編です。
自然の厳しさの前に人間の弱さが浮き彫りになるようなストーリー展開ですが、同時に人間の持つ強さも印象的に描かれています。
榛名の凛とした強さが美しく、説得力のある言葉ひとつひとつに胸を打たれました。
一止が登場する直前で話が終わっているのがなかなか憎らしいです。


医療を取り巻く厳しい現実についても改めて触れられていますが、そんな中で日々懸命に闘っている人々の姿に勇気づけられるようでした。
「神の手」を持つわけでもなく、「失敗しない」スーパードクターでもない、そんな普通の人たちによってこそ、この国の医療は支えられているのだという事実が胸に迫り、何度も目頭が熱くなりました。
シリーズの続編 (次は「4」でしょうか) への期待がさらに高まります。
☆5つ。


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