tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『満願』米澤穂信

満願 (新潮文庫)

満願 (新潮文庫)


「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが……。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、「夜警」「関守」の全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。

以前から米澤さんの作品は好きで、ハズレが少ない作家のひとりとして信頼を置いていますが、本作もさすがの面白さ。
短編集ならではの読みやすさもあって、あっという間に読んでしまいました。
もう少し長く楽しんでいたかったとちょっと残念な気持ちになるくらい、どの短編も素晴らしかったです。


作者の代表作「古典部」シリーズや「小市民」シリーズなどとは違って、本作は連作短編集ではなく、収録作品6編の間にストーリーや登場人物のつながりは全くありません。
ミステリとしても、フーダニット (「誰が」を問うもの) にホワイダニット (「なぜ」=動機を問うもの) にと、多彩な内容です。
ひとつひとつが完全に独立した物語でありながら、1冊の本としてのまとまりがあるのは、伏線の張り方やストーリーの運び方、そして最後に残る余韻などに統一感があるからでしょうか。
ミステリでよくある「まさかこんな意外な人が犯人!?」という衝撃的な驚きとはちょっと違って、「この話の行きつく先はこんなところだったなんて」という、驚きとしてはさほど強烈ではないのだけれどしっかり意外性はあって、その意外性が生み出す感傷や戦慄などの感情を味わう作品なのです。
「最後の一撃」やどんでん返しを期待していると期待外れ感があるでしょうが、大きな驚きがなくても十分ミステリ的な面白さはありますし、話の終着点が見えた時の背筋がぞわっとするような感覚はホラー的でもありました。
ホラーはどちらかというと苦手ですし、どの話も不穏な空気が漂い読後感は決していいとは言えないのですが、自分でも驚くほどどの物語にも引きこまれ、それはやはり米澤さんの筆力のなせる技なのだろうと思います。


「好き」というのとはちょっと違う気がしますが、本作の中でベストの1編を選ぶとしたら、「関守」でしょうか。
パッとしないフリーライターが、原稿のネタを得るために転落事故が相次ぐ場所へ赴き、現場近くのお店の老婆に取材をするという話なのですが、少しずつ「事故」の真相が明らかになり、物語のその先、フリーライターを待つ運命が見えた時のぞわぞわと寒気がしてくるような、なんとも言えない怖さと不快感に心がざわつく感じが秀逸だと思いました。
収録作の中でも一番ホラー色の強い話ですが、オチも一番強烈で印象に残ります。
また、「柘榴」は怖いだけでなく妖艶さも漂い、これまた非常に強い印象が残る読後感を味わいました。
「万灯」は既読だったのですが、再読でも面白さは全く失われませんでした。
どうしてこうなってしまったのか、こんなはずじゃなかった、という主人公の心の叫びが聞こえるような、自分も主人公と一緒に嫌な汗をかきそうな結末にぞくぞくします。
また、「死人宿」は主人公視点で書かれているので主人公に感情移入しながら読むのももちろんいいのですが、主人公の元恋人で宿のおかみとなった女性の方の心情に寄り添いながら読むと、また違った味わいが生まれてきます。
切なさと絶望感の組み合わせに暗い気持ちになりますが、それがなぜか不快ではないのがなんとも不思議です。


雰囲気としては「世にも奇妙な物語」に近いものがあるでしょうか。
ミステリとしても、ホラーとしても、小説としても、存分に楽しませてくれる作品集です。
巧みな伏線の張り方や淡々としつつも端整な文章が私の好みにぴったりで、非常に満足感の高い読書でした。
☆5つ。