tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『流』東山彰良

流 (講談社文庫)

流 (講談社文庫)


一九七五年、台北。内戦で敗れ、台湾に渡った不死身の祖父は殺された。誰に、どんな理由で?無軌道に過ごす十七歳の葉秋生は、自らのルーツをたどる旅に出る。台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。激動の歴史に刻まれた一家の流浪と決断の軌跡をダイナミックに描く一大青春小説。選考委員満場一致、「二十年に一度の傑作」(選考委員の北方謙三氏)と言わしめた直木賞受賞作。

「二十年に一度の傑作」なんて言われちゃったら読まないわけにはいきませんね。
東山彰良さんは先日アンソロジーで短編を読んだばかりですが、この長編はじっくり読ませる充実した内容でお腹いっぱいになりました。


主な舞台は台湾ですが、中国本土や日本でも物語は展開します。
そうなると当然、台湾が日本領だった頃のことや、抗日戦争のことや、国民党と共産党のことといった、歴史や政治に関わる話が主人公・葉秋生 (イエチョウシェン) の祖父や叔父の話としてたくさん出てきます。
そしてそれらの話は、秋生自身の人生にも関わってきます。
こう書くと、一見重そう、難しそうと思えるような内容ですが、本作が予想外に読みやすいのは、青春小説やミステリの体をとっているからです。
秋生の、ちょっと馬鹿で愚かで向こう見ずな高校生活や、幼なじみとの初恋は、ハラハラしたりドキドキしたり冷や冷やしたりしながらとても楽しく読めました。
ケンカばかりしていて、挙句の果てにはヤクザとトラブったりもするのですが、不思議と不快感は少なく、秋生の若さが持つエネルギーに満ち溢れた物語はとても生き生きとしていて、スピード感があります。
そして、殺害された祖父をめぐる話は、犯人探しの謎解きにつながっていきます。
さらにそこに、ホラーめいたエピソードがいくつか散りばめられているのがいいアクセントになっていると思いました。
現実なのか非現実なのか、その境界線があいまいな話が出てくることで、秋生が直面する現実の話がはっきりと輪郭を持ってリアルに感じられるのです。


青春に恋に謎解きにホラーと盛りだくさんのストーリーもよかったですが、1970年代~80年代の台北の描写もとてもよかったです。
正直なところ、夜市などの観光地も登場はしているものの、実際に台湾に行きたいとはあまり思えませんでしたし観光ガイド的な読み方は全くできない作品ですが、当時の時代の空気感や、まだ洗練されていない猥雑で騒がしい当時の台北の街は非常に活力があって、それはそれで魅力的に思えました。
街に漂う屋台の食べ物の匂いや、人々の話し声まで感じられそうな描写の数々は、綺麗な部分だけでない、地元の人々の目線で見た台北がそのまま描かれているのがいいなと思いました。
テレビで見る観光地としての台湾とは違う台湾を感じ、知ることのできる作品というのは、日本では貴重なのではないかと思います。
作者の東山彰良さんが台湾生まれだからこそ書ける作品ですね。
外国人視点でないところがよかったです。
それに比べると日本に関する描写はかなりあっさりしていますが、台湾と中国大陸の描写が濃いので、ちょうどいいバランスになっていました。


台湾人の名前がなかなか覚えられず、しょっちゅう巻頭の登場人物リストを参照しなければならないという欠点はありましたが (私だけでしょうか……)、物語と描写にみなぎる生命力に強く惹かれました。
映画など、映像化してみても面白くなりそうな作品だと思います。
☆4つ。