tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『Aではない君と』薬丸岳

Aではない君と (講談社文庫)

Aではない君と (講談社文庫)


あの晩、あの電話に出ていたら。同級生の殺人容疑で十四歳の息子・翼が逮捕された。親や弁護士の問いに口を閉ざす翼は事件の直前、父親に電話をかけていた。真相は語られないまま、親子は少年審判の日を迎えるが。少年犯罪に向き合ってきた著者の一つの到達点にして真摯な眼差しが胸を打つ吉川文学新人賞受賞作。

少年犯罪をテーマにした作品を多く書かれている薬丸岳さんの、最高傑作のひとつと言ってもいい作品だと思います。
今回は少年犯罪の加害者の父親の視点に立って書かれています。
とても難しい題材だと思うのですが、真正面から向き合って、非常に誠実に、じっくり考えを練った上で書き上げられた作品だということがよく伝わってきました。


少年犯罪に限ったことではないと思いますが、殺人事件の報道を見る時、ついつい被害者寄りの視点で見てしまうという人は多いと思います。
私もそうですし、それは特におかしなことでも間違ったことでもないでしょう。
本作は、同級生を殺害した男子中学生の父親を主人公に据えることによって、加害者側の視点で少年犯罪について考える貴重な機会を読者に与えてくれます。
殺人はどうあっても許されることではない、それは真理だと思いますが、では加害者が100パーセント常に悪いのかというと、そうとは言い切れないのが厄介なところです。
加害者にも事情というものがあり、特に被害者からひどい目に遭わされていたというような場合、同情の余地は十分にあるといえます。
けれども、そういった事情や、事件が起こるに至った背景についてはなかなか報道だけでは全容を知ることは難しく、加害者が未成年という場合はなおさら第三者には詳しい経緯は伝わりません。
少年犯罪の場合センセーショナルに報道されることも多いせいか、厳罰化を求める声が高まったり、インターネット上では加害者本人のみならず身内の人たちに対してもバッシングが起こったりするなど、どうも加害者に厳しい目が向けられがちです。
けれども、本作における加害者・翼がそうであるように、加害者が被害者からひどいいじめを受けていた場合などは、加害者を断罪し裁くだけでは解決にならないと思われます。
「心を殺すことよりからだを殺すことの方が悪いのはなぜなのか」という翼の訴えはもっともですし、罪とは何か、ということを改めてあれこれ考えてしまいました。


加害者が未成年の場合、保護者にも厳しい視線が向けられるのは当然ですが、本作の主人公であり翼の父親である吉永のことは、私にはとりたててひどい親であるとも思えませんでした。
もちろん問題が全くなかったわけではなく、子どものことよりも自分のことを優先していた部分があったのは確かですが、離婚して親権が母親の方にあり、月8万円の養育費の支払いのため仕事に打ち込まざるを得なかったという事情もあり、再婚を考えている女性がいるとなれば、子どものことは二の次になってしまうというのは仕方がないような気がします。
ただ、翼の場合、母親が精神的に不安定で母親としての役割を十分に果たせていなかったように思われるので、そこは吉永の父親としてのフォローがもっと求められていたのは確かでしょう。
ですが、それでも吉永も吉永の元妻も、親失格とも思えませんし、ごくごく普通の人間だと思えました。
普通の人間だからこそ、子どもの犯罪という悪夢のような現実に直面して苦しみますし、どのようにわが子に向き合っていけばよいのか悩みます。
その姿には本当に胸を突き刺されるような痛みを感じました。
ですが、殺された少年の遺族は、子どもが二度と帰ってこない上に、自分の子どもがいじめ加害者だったという事実まで知ることになり、これもまたどんなにつらいことか、と想像して胸が詰まります。
とにかく登場人物の誰もがつらい思いをして怒ったり苦しんだりしていて、終始重く暗い雰囲気が続く物語でした。
おそらく作者としてもそのような重苦しい物語を書くのは決して楽しいことではなかったでしょうが、罪と向き合うとはどういうことか、犯罪加害者となった少年を更生させるとはどういうことかという難しいテーマから逃げることなく、まっすぐ向き合って最後まで書ききっていることに感動しました。


タイトルの「Aではない君と」には、匿名で報じられる少年犯罪加害者としてではなく、息子として、ひとりの人間としての翼と向き合い共に生きていこうという吉永の覚悟が込められていて、非常によいタイトルだと思いました。
登場人物の心情を想像するとやるせないものがあり、涙を禁じ得ない場面もたくさんあって、私自身も吉永と共に少年犯罪について大いに考えさせられた読書となりました。
ぜひ多くの人に読まれてほしい作品です。
☆5つ。