tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『鏡の花』道尾秀介

鏡の花 (集英社文庫)

鏡の花 (集英社文庫)


少年が解き明かそうとする姉の秘密、曼珠沙華が物語る夫の過去、製鏡所の娘が願う亡き人との再会…。「大切なものが喪われた、もう一つの世界」を生きる人々。それぞれの世界がやがて繋がり合い、強く美しい光で、彼らと読者を包み込む。生きることの真実を鮮やかに描き出すことに成功した、今までにない物語の形。ベストセラー『光媒の花』に連なり、著者の新しい挑戦が輝く連作小説。

山本周五郎賞を受賞した『光媒の花』の続編とまではいかないものの、姉妹編と呼べる連作短編集です。
……いえ、「連作短編集」というのは正確ではないかもしれません。
というのも、収録されている短編すべてで登場人物や基本的な設定は重なっているものの、微妙に異なる部分があるからです。
どの話も「大切な人の死」が物語の中心に据えられているのですが、その「亡くなった人」が誰なのかが、話によって異なります。
ある話で亡くなったことになっている人物が、別の話では生存していて、代わりに他の人が亡くなっていたりします。
二話目を読み始めて、最初の話と同じ登場人物が出てくることに気付いたときは、「連作なんだな」と思いましたが、読み進めるうちに「なんだか変だな」という思いに変わっていき、奇妙な形の「連作」に胸をざわつかせながらさらに読み進めて、最後に収録されている表題作「鏡の花」でようやく作者の意図を察することができました。
なかなか面白い仕掛けだとは思うのですが、ちょっとわかりにくいのが難点でしょうか。
ミステリとはまた違った形での謎とその解答の提示は新鮮で挑戦的ですが、なんとなくすっきりしないというか、もやもやとした気持ちにさせられました。


物語としては最近の道尾作品に共通して見られる「嘘」と「優しさ」の描写がよかったと思います。
「大切な人の死」という重いテーマを扱う作品ですが、さほどつらい気持ちにならずに読めるのは、全編に散りばめられた登場人物の優しさと、美しい自然描写のおかげです。
登場人物が優しいというよりは、作者の登場人物や世界へのまなざしが優しくあたたかいと言うべきかもしれません。
中には家族の死に直面した登場人物の、身を切られるような悲しみや苦しみが真っ直ぐに伝わってくる話もあります。
大事な人を失って、心がずたずたに引き裂かれて、それでも生きていかねばならないという理不尽に立ち向かう登場人物たちのそばにそっと寄り添うように存在する、草や木や花や星空といった自然描写がこの作品ではとても豊かで、それが読者にとっても救いになっています。
「嘘」にしても、道尾さんが描く嘘は決して人を傷つけようという悪意のあるものではなく、思いやりから生まれる嘘が中心です。
道尾さんの作品はトーンが暗いというか、決してお気楽な雰囲気ではない作品が多いのですが、それでも次も読もうという気になるのは、全体に流れる空気が優しくあたたかいからです。
人生経験に乏しい少年や少女が「あの人がいなければよかったのに」と思うような無邪気さゆえの残酷さすらも、作者はあたたかく受け止めます。
切なさも悲しみも苦しみも全て包み込むような優しさが、近年の道尾作品の最大の特徴だと思います。


仕掛け面では分かりにくさやとっつきにくさがありましたが、読み心地はいつもの道尾作品。
道尾さんの作品を今まで読んだことがないという初心者にはあまりお勧めはしませんが、何作かすでに読んでいてその魅力を知っているという人なら安心して読める作品だと思います。
『光媒の花』が未読でも、特に問題はないと思います。
次回はミステリが読みたいな、と期待しつつ☆4つ。


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