tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『島はぼくらと』辻村深月

島はぼくらと (講談社文庫)

島はぼくらと (講談社文庫)


瀬戸内海に浮かぶ島、冴島。朱里、衣花、源樹、新の四人は島の唯一の同級生。フェリーで本土の高校に通う彼らは卒業と同時に島を出る。ある日、四人は冴島に「幻の脚本」を探しにきたという見知らぬ青年に声をかけられる。淡い恋と友情、大人たちの覚悟。旅立ちの日はもうすぐ。別れるときは笑顔でいよう。

辻村深月さんの直木賞受賞後第一作。
直木賞受賞作の『鍵のない夢を見る』もよかったですが、本作はさらによかったです。
初期の『冷たい校舎の時は止まる』や『凍りのくじら』などと比べると、文章もずいぶん読みやすくなった気がします。
そうたくさん著作を読んでいるわけではないのですが、一作ごとに着実に成長していっている作家さんというイメージです。


『鍵のない夢を見る』では地方都市の閉塞感が見事に描かれていましたが、本作は瀬戸内海に浮かぶ島を舞台に据え、そこに暮らす4人の高校生の男女の青春を描きつつ、地方ならではの良さと問題点、両方がありありと伝わってきます。
舞台となる冴島は、Iターン移住者を歓迎したり、シングルマザーを支援したりと、地方自治体としての生き残りを賭けた施策を打ち出し、外部に向けて「開かれた」島を目指しています。
それらの取り組みはまずまず成功していて、島の外からやってきて島民たちに受け入れられて貴重な労働力として活躍している人たちが何人もいます。
シングルマザーへの支援にしても、都会では生きづらい事情を抱える人たちにとって一種の「避難所」としての機能を島が担うことによって、次世代を呼び込むことに成功しています。
そうやって島外の人たちを受け入れていかなければ衰退していくという切実な事情があるにしても、生き残り策を実行に移し成功させる手腕を持つ、島の村長や村役場の職員たちの優秀さと柔軟さに感心させられます。
ですがその一方で、古い考え方に囚われている部分もあったり、さまざまなしがらみや地縁といった「大人の事情」が露骨に見える部分もあったりします。
都会であれ地方であれ、良い面もあれば悪い面もあると思いますが、主人公の高校生たちが、生まれ育った島のいろいろな側面を知っていき、それぞれ自分と島との関係を見つめながら、進路を決めて行く様子が説得力を持って描かれていました。


物語は4人の高校生だけではなく、島に住んでいる人、島にやってくる人などさまざまな登場人物と、彼らにまつわるいろんな出来事やエピソードを盛り込んで進んでいきます。
私が一番グッと来たのは、島外から移住したシングルマザーの蕗子のエピソードでした。
蕗子は実はオリンピックで銀メダルを獲得した水泳選手だったのですが、突然有名人になったことから地元の田舎町にいづらくなり、さらには不倫の末に子どもを産んで、逃げるように冴島へやって来たという人です。
ただ泳ぐことが好きだった蕗子が、メダリストになった途端に容姿の美しさもあってスターに祭り上げられ、純粋に祝福してくれる人だけではなく人の栄誉に乗っかって騒ぐ人々の登場に、心底疲れ、追いつめられ、必死に逃げ出したという経緯に、胸が苦しいような気持ちになりました。
メダル獲得前はそれほど親しかったわけでもないのに突然親密そうな顔をしてやってくる人も、有名人になった蕗子を利用することしか考えていない人も、元から悪意があったわけではないのでしょう。
自分の地元からスターが誕生したという喜びや誇らしさは、最初は純粋なものであったとしても、いつしか蕗子本人の気持ちや意向は無視して、勝手に暴走していったのです。
「故郷なのにうまくいかない」のではなく、「故郷だからうまくいかなかった」という蕗子の気づきが重く感じられました。
実際、同じように田舎である冴島で、田舎ならではの良くも悪くも濃密な人間関係にうんざりすることもありながらも蕗子がやっていけているのは、冴島が彼女にとって故郷ではなく、「よそ者」の蕗子に対して島民たちがある程度の距離を保っているからなのだと思います。
フィクションでは、故郷というのは懐かしくあたたかくて優しい場所、というふうに好意的な捉え方で描かれることが多いですが、故郷だからこその厄介さを真正面から描いているのがいいなと思いました。
そして、この蕗子にとっての故郷の話は、主人公の高校生たちにとっての故郷の話にもつながっていきます。
高校卒業後は進学に伴い島を離れる他の3人と違って、唯一島に残ることになっている網元の娘、衣花 (きぬか) が、故郷である島との新たな関わり方を見出す結末に、少し驚かされ、次に痛快な気分になり、最後には感動で胸がいっぱいになりました。


ミステリでデビューした作家さんらしくいくつかの謎を散りばめ、地方の現実や大人たちの人間模様を描き、さらには高校生たちの友情も、ほのかな恋も盛り込むという、とても欲張りで密度の濃い物語でした。
高校時代など遠い昔になってしまった私でも、主人公の高校生たちは魅力的で、その言動に共感できるところが多く、どんどん物語に引き込まれました。
地方を描いた話ではありますが、都会の人間にとっても共感したり励まされたりする部分が必ずある、力強い作品です。
☆5つ。