tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『世界地図の下書き』朝井リョウ


両親を事故で亡くした小学生の太輔は「青葉おひさまの家」で暮らしはじめる。心を閉ざしていた太輔だが、仲間たちとの日々で、次第に心を開いてゆく。中でも高校生の佐緒里は、みんなのお姉さんのような存在。卒業とともに施設を出る彼女のため、子どもたちはある計画を立てる…。子どもたちが立ち向かうそれぞれの現実と、その先にある一握りの希望を新たな形で描き出した渾身の長編小説。

坪田譲治文学賞受賞作です。
この本の解説を読むまで知らなかったのですが、坪田譲治文学賞は、大人も子どもも読める文学作品を対象にした賞なんですね。
本作は子ども向けにと意識して書かれた作品ではないと思いますが、朝井リョウさんらしい平易で無駄のない文章は、確かに小学校高学年くらいであれば十分読めると思われ、内容的にも子どもに向けたメッセージを強く感じさせるものになっています。


この物語の舞台は児童養護施設
いろいろな理由で保護者と共に暮らせない子どもたちが生活している場所であり、中には虐待を受けた子もいます。
この本の前に読んだ『天使の柩』でも主人公が虐待を受けていたので、二連続で虐待の話というのはキツイなぁという気持ちもありました。
虐待に限らず、子どもがつらい思いをする話はどんなものであっても読むのがつらいのですが。
ただ、本作は別に虐待がメインテーマというわけではありません。
家庭に恵まれない子どもたちが登場しますが、彼らがつらい思いをするのは家庭に限った話ではなく、学校でももちろんつらいことはあるのです。
それでも、子どもたちはつらいということをストレートに口に出したりしません。
施設の仲間や職員に心配させまいと、つらい気持ちは抑え込んで、笑顔を見せたり明るく振る舞ったりしています。
特に、学校でいじめを受けても学校大好きと言う麻利や、お母さんに叩かれてもお母さんを決して悪く言うことのない美保子の健気さがいじらしくて、大人の胸には痛いくらいです。


一方で、子どもたちのたくましさには強い希望を感じさせられます。
子どもは大人に比べるとさまざまな面で無力ですが、ただ弱いだけの存在だというわけでもないのです。
地元の伝統行事であるお祭りを復活させたいと願い、子どもなりの知恵を集めて作戦を練って実行する過程には、幼いゆえの過ちや失敗もありましたが、みんなでひとつの目標に向かって頭を使い行動したことは、きっと彼らの成長につながっているはずです。
彼らがひとつのことをやり遂げ、それぞれの未来を見据え希望を語る、奇跡のようなラストシーンの美しさには泣かされてしまいました。
世界は決して彼らにとって優しい場所ではないけれど、それでもきっと強く生きていける――と思わせてくれます。
作者の朝井さんは、「逃げてもいいんだよ」ということを伝えたくてこの作品を書いたのだそうです。
子どもであれ、大人であれ、つらい場所や状況に置かれてしまうことは多々あります。
そこから逃げるか、留まって闘うか、どちらがよいのかはその状況や人によって異なるでしょう。
でも、誰もがどちらでも自由に選べる世界であってほしいと心から思いました。


子どもたちの健気さと強さに、私も勇気と元気をもらうことができました。
ひさしぶりに気持ちよく泣ける物語でした。
☆5つ。