tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『夢幻花』東野圭吾

夢幻花 (PHP文芸文庫)

夢幻花 (PHP文芸文庫)


花を愛でながら余生を送っていた老人・秋山周治が殺された。第一発見者の孫娘・梨乃は、祖父の庭から消えた黄色い花の鉢植えが気になり、ブログにアップするとともに、この花が縁で知り合った大学院生・蒼太と真相解明に乗り出す。一方、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に事件を追っていた…。宿命を背負った者たちの人間ドラマが展開していく“東野ミステリの真骨頂”。第二十六回柴田錬三郎賞受賞作。

上記紹介文の中にある、「東野ミステリの真骨頂」という言葉が本当にぴったりな作品だと思います。
いくつかの伏線が絡み合って真実へ導かれるストーリー展開、登場人物ひとりひとりのドラマ、すっきり後味のよい読後感。
文章が簡潔で読みやすく、500ページ近いボリュームがありながら一気に読めるリーダビリティの高さも、東野さんの作品ならではです。


老人が殺された事件を、立場の違う三者がそれぞれ追っていく物語です。
老人の孫娘・梨乃と、原子力を専攻する大学院生・蒼太のコンビ。
自分の息子を老人に救われた経験を持つ刑事・早瀬。
そして蒼太の兄で、警察庁に勤める役人の要介。
それぞれ事件を追う理由も異なるのですが、バラバラだった3つの物語が少しずつ絡まっていくのが気持ち良いです。
プロローグからしてなんと2つもあり、時代も登場人物も違うので、一体どういう関係があるのかと気になって、読者を一気に話に引き込んでいくのがやっぱり東野さんはうまいなぁと思わされました。
すべての伏線をきれいに回収していて、ミステリのお手本とでも呼びたくなります。
事件解決の鍵となる「黄色いアサガオ」の謎については、早い段階からなんとなくこうじゃないかという予測がつきましたが、老人殺害事件の犯人はけっこう意外に感じました。
思わぬところにさらりと伏線を紛れ込ませているので、推理に挑戦したければかなり注意深く読む必要があると思います。


登場人物についても、丁寧にしっかり描写されています。
別居中の息子のために、なんとしてでも事件を自分の手で解決したいとスタンドプレー捜査に走る早瀬については、自然に応援しながら読んでいたので、真相につながる事実にたどり着いたときには本当によかったと思えましたし、警察関係者とはいえ刑事ではないので事件には全く関係がないはずなのに事件関係者に接触する要介のミステリアスさも印象的でした。
でも、何と言ってもこの作品の主役と呼べるのは梨乃と蒼太のコンビでしょう。
ふたりには現在進行形で壁にぶつかっているという共通点があります。
梨乃はオリンピック出場を期待されるほどの水泳選手だったにもかかわらず、あるトラブルに見舞われて水泳自体をやめてしまいました。
蒼太は大学院で研究している原子力の将来性に疑問を持ち、このまま原子力業界に就職してもよいものかと悩んでいます。
そんなふたりが事件を通して知り合い、協力して真相追求にあたる中で、事件解決の糸口だけではなく、自分たちの進む道をも見出していく展開がとてもよかったです。
再び前を向いて歩きだした若いふたりの姿がとてもさわやかで、それが読後感のよさにつながっています。
特に、エピローグで蒼太が口にする決意には、作者がこの作品を通して描きたかったこと、伝えたかったことの全てが凝縮されていると感じました。
過去を悔いて後ろ向きになるのではなく、未来に向けて進んでいくために過去と向き合おうという蒼太の姿勢に共感しました。


偶然や幸運に助けられすぎだとか、犯人が明らかになる部分があっさりしすぎだとか、気になる点もないわけではなかったですが、全体的には東野さんさすがだなぁと感心する気持ちの方が強いです。
ひさびさに読み応えある正統派ミステリを楽しむことができました。
☆4つ。