tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『物語ること、生きること』上橋菜穂子

物語ること、生きること (講談社文庫)

物語ること、生きること (講談社文庫)


人はなぜ物語を必要とするのか。自分はなぜ物語をつむがないといられないのか。どうしたら自分だけが書くことができる物語にたどりつけるのか。『獣の奏者』『精霊の守り人』を生み出した国際アンデルセン賞作家が、本の虫だった少女時代や文化人類学の研究過程など自らの人生を通じて語る、「物語」とは。

先日NHKでドラマ化された『精霊の守り人』をはじめとする「守り人」シリーズや、『獣の奏者』、『鹿の王』など、いまや日本のファンタジー小説界のトップランナーと言ってもいい作家・上橋菜穂子さん。
本書は上橋さんが作家になるまでの道のりを、子ども時代にさかのぼって上橋さん自身が語ったものを、インタビュアーの瀧晴巳さんがまとめられたものです。
ですからエッセイとはちょっと違うのですが、語り口はいつもの上橋さんの文章そのもので、全く違和感なくすべての文章が上橋さんの言葉としてスッと頭に入ってきました。


幼少時代にお祖母さんから聞いたたくさんのお話から始まり、貪るように本を読み、ついには自分でも小説を書き始めるに至った少女時代。
この人はどれだけ「物語」が好きなのかと、圧倒されました。
巻末に今まで上橋さんが読んできた本のリストがついていますが、これはほんのごく一部でしかないのでしょう。
私が読んだことのある本も、読んだことはなくても書名は知っている有名な本もたくさん挙がっていてうれしくなりましたが、読書量では私など上橋さんには到底かないません。
上橋さんのような人こそ本物の「読書家」と称してよいだろうと思いますが、上橋さん自身はそんな自分のことを「夢見る夢子さん」とちょっと自虐的に描写されています。
ですが上橋さんの優れているところは、そんなふうに自分を客観的に見ることができたところだと思います。
本をたくさん読んでいるということは、裏返すと知識に比べて実体験が少ないということ。
自分の弱みを見据えた上橋さんは、文化人類学の研究者への道を選び、オーストラリアでアボリジニについて研究するためフィールドワークヘ出かけていくようになります。
面倒くさがりで外にもあまり出たくないタイプ、という上橋さんが外国の、しかも先進国とはいえどちらかというと秘境に近いようなところへ乗り込んでいくのですから、相当な勇気と思い切りが必要だったと思いますが、「自分で自分の背中を蹴っ飛ば」して飛び出していく決断力は私も見習わなければと思いました。


大量の本を読み、フィールドワークでさまざまな人と出会い、得難い体験をした上橋さんの半生が、どんなふうに作品に生かされているかも丁寧に解説されています。
各作品から引用も多く、作品を読んでいなくても非常に分かりやすいです。
読んだ小説の解説を作家自身の口から聞ける機会は意外と少ないので、とても貴重なものを読めたという気持ちになりました。
上橋さんの作品に文化人類学者としての知見が存分に生かされていることは知っていましたが、具体的にどのような体験や考えが物語の中に投影されているのか詳しく知って、作品世界をもっと楽しめるようになりそうです。
また、作品だけではなく上橋さんという人物のファンにもなりました。
読書と物語が大好きというとインドアのイメージしかありませんが、その一方で強さに憧れて武道を習いに行ったという部分は特に面白かったです。
失礼を承知で言うと、たぶん上橋さんは周りから「ちょっと変わった人」「ユニークな人」という評価を受けることが多いのではないかと思いました。
中にはもっと率直に「奇人」「変人」という印象を持つ人もいるかもしれません。
でも、「普通」から少し外れているからこそ、上橋さんは国際的にも評価される作家になれたのだろうと、納得できるような気もしました。


上橋さんの作品のファンにとっては必読書です。
ですが、作家になりたいと漠然とでも思っているような人や、あるいは単に本が好き、物語が好きという人でも十分楽しめる1冊だと思います。
私も本好き、物語好きのひとりとして、共感するところがたくさんあり、非常に満足して読み終えました。
いつか機会があれば、上橋さんの講演会に参加してじかにお話を聞いてみたいです。