tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『笑うハーレキン』道尾秀介

笑うハーレキン (中公文庫)

笑うハーレキン (中公文庫)


経営していた会社も家族も失った家具職人の東口。川辺の空き地で仲間と暮らす彼の悩みは、アイツにつきまとわれていることだった。そこへ転がり込んできた謎の女・奈々恵。川底に沈む遺体と、奇妙な家具の修理依頼。迫りくる危険とアイツから、逃れることができるのか?道尾秀介が贈る、たくらみとエールに満ちた傑作長篇。

道尾さんというとホラー風味の味付けがされたミステリという印象が強いのですが、本作はどちらかというとコメディ寄り。
暗めで重い雰囲気のミステリも好きですが、コメディタッチで明るい印象のこの作品は、やはり非常に読みやすかったです。


ただ、雰囲気は明るくても、設定自体はけっこう重めです。
主人公の東口は、経営していた家具製作会社が倒産し、ひとり息子を事故で亡くし、妻とは離婚。
その後ホームレスとなり、軽トラ1台で家具の修理を請け負いながらその日暮らしをしています。
これだけ悲惨な人生を送っている人物が主人公ながら、物語が暗くなっていないのは、ホームレス仲間をはじめとする人と人との交流を前面に押し出して書かれているからだと思います。
もちろんホームレスですから仲間たちもみな世間から弾き出されて、それぞれに孤独を背負っています。
それでも、彼らの間には人間らしいあたたかいものが通い合っていて、特に食事のシーンなどは楽しそうにも思えるくらいです。
物語終盤では、ホームレス仲間たちが東口の仕事を一緒にやることになりますが、チームワークも悪くなさそうで、本当に同じ会社で働く仲間のような連帯感が芽生えているのがいいなぁと思いました。
紆余曲折の人生を経て、行きついた先がたとえホームレス生活でも、仲間と出会い、力を合わせることで、また生活を立て直し、人生をやり直すチャンスは必ず訪れるのだと考えると、何があっても希望を失わずに頑張ろうと思えます。


タイトルにある「ハーレキン」とは、「道化師」のこと。
主人公の東口をはじめとして、ある日突然現れて東口の押しかけ弟子になる奈々恵やホームレス仲間など、本作の登場人物のほとんどは、道化師のように素顔や本来の表情を隠して生きています。
いえ、きっとどんな人でも、そのような面はあるのでしょう。
本人も気づかないうちに仮面をかぶっているケースもあるでしょうし、自分の弱さや感情を隠すために意図的かつ積極的に仮面をかぶるケースもあるでしょう。
でも、この作品は、そうしたことを決して悪いこととしては描いていません。
必ずしも素顔の自分のままで生きることがよいこと、正しいことだというわけではないのだと、この作品は示そうとしているのではないかと思います。
人生においては、どうしてもうまくいかないこともあり、つらく悲しい出来事や、理不尽な運命に見舞われることもあります。
ありのままの自分で生きることがつらいなら、取り繕っても、全く別の自分を装っても、かまわない。
そうするうちにゆっくりとでも立ち直っていけたらそれでいいのだし、無理やり張りつけた笑顔も、いつか本当の笑顔に変わるかもしれない。
苦境にある人々に対する作者のエールが、「ハーレキン」という比喩的な表現から優しく伝わってくるように感じました。


何だかここ数年のうちに読んだ道尾さんの作品はどれも優しくてあたたかいなぁ。
はじめて『向日葵の咲かない夏』を読んだ時の印象とはずいぶん違った感想を抱くことが多くなりましたが、ミステリの手法は以前と変わらず存分に活用した上で、作風が変わってきているのは個人的には大いに歓迎したいです。
☆4つ。