tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『望郷』湊かなえ

望郷 (文春文庫)

望郷 (文春文庫)


暗い海に青く輝いた星のような光。母と二人で暮らす幼い私の前に現れて世話を焼いてくれた“おっさん”が海に出現させた不思議な光。そして今、私は彼の心の中にあった秘密を知る…日本推理作家協会賞受賞作「海の星」他、島に生まれた人たちの島への愛と憎しみが生む謎を、名手が万感の思いを込めて描く。

湊かなえさんは前回読んだ『境遇』が物足りない感じで、ちょっと辛口な感想を書いたのですが、一転して本作は素晴らしかったです。
現時点までに文庫化された湊さんの作品はすべて読んできましたが、その中で特にずば抜けてこれが好き、と言える作品はなく、どの作品もわずかな差しかありませんでした。
でも、この作品については読後の満足感が明らかに他の作品とは違いました。
一気に現時点での湊かなえ作品ベストに躍り出て、今後は「湊さんの作品で一番好きなのは『望郷』です」と堂々と言えそうです。


本作は6つの物語を収めた短編集です。
6編の短編全て、白綱島という瀬戸内海に浮かぶ島が舞台というところが共通していますが、物語同士のつながりはなく、一編一編が独立した話となっています。
綱島は架空の島ですが、広島県因島がモデルであることは明白です。
因島は一般にはポルノグラフィティの出身地ということで知られているかと思いますが、湊かなえさんの出身地でもあります。
つまり、この作品には、湊さんご自身の「望郷」の念が込められていると考えられます。
物語の中には島の過去と現在がしっかりと描かれており、みかん栽培や漁業、造船業といった島の産業の実態と衰退の様子が非常にリアルに伝わってくるのは、作者自身の故郷について書かれているからこそなのでしょう。
日本で唯一、一島一市で成り立っていることが誇りだった島民たちの思いは、瀬戸内海に架かる大きな白い橋を渡った先にあるO市(尾道市のことですね)に編入され、めまぐるしく時代が変化する中でさまざまに変わっていきます。
島を出ていきたいという願いを叶えた人、出ていきたいと願いながら残ることを選んだ人、不本意ながら島を出た人――。
人それぞれの事情と思いが、さまざまな「事件」を生みます。


収録作の中には日本推理作家協会賞を受賞した作品も含まれていて、ジャンル分けするならミステリに分類される短編集ということになるのでしょうが、謎解きを主眼としたものではなく、物語を読み進めていくと思わぬ事実が明らかになる、という形で意外性を見せてくれます。
驚きという意味では「みかんの花」という話が一番驚かされました。
島を出て行った姉と、島に残った妹の、ちょっとした確執を描いた作品なのかと思いきや、全く予想もしなかったところから意外なことが明らかになり、この姉妹に対する印象までもガラッと変わってしまいます。
こうだと思って読んでいた物語の形が、最後まで読むと全く違う形に変わっている――謎解きが主眼ではなくても、ミステリとして非常にオーソドックスな構成だと言えます。


前述の賞を受賞した「海の星」は、私はミステリとしてよりは、突然父が失踪した少年の複雑な想いとその後日談を描いた物語として楽しみました。
タイトルにもなっている「海の星」の正体が作中では明かされていないのが心憎いなぁと思います。
ストーリーの好みとしては、「夢の国」「雲の糸」「光の航路」の3作がお気に入りです。
「夢の国」は関東にある人気テーマパークへの憧れを描いていて、おそらく地方出身者なら共感できるところの多い話だと思います。
「雲の糸」は、途中までの話があまり気分のよくないストーリーなのですが、それゆえにラストで主人公のお姉さんが口にする、前向きで力強い言葉が胸に響きました。
「光の航路」は、いじめという重いテーマを描いています。
船の進水式の場面が非常に印象的で、その進水式で主人公が見た光景に関する謎が解けるラストには、思わず涙しました。


島の閉鎖性や衰退といったネガティブな側面もたくさん書かれていますが、それでも、作者が生まれ育った島への断ち切り難い愛着が感じられる物語でした。
島で暮らし続ける人も、島を出て行った人も、また島に戻ってきた人も、それぞれが島に対する愛憎入り混じった複雑な思いを抱いています。
いい思い出ばかりではなく、つらい思い出もたくさんあって、それでもそれぞれの場所で、それぞれの生き方で生きていこうとする登場人物たちの姿が、切なく感じられるだけでなくどこか心強さも感じさせてくれます。
6編の物語それぞれの余韻がじわりと胸に沁みる1冊でした。
☆5つ。