tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『教場』長岡弘樹

教場 (小学館文庫)

教場 (小学館文庫)


希望に燃え、警察学校初任科第九十八期短期過程に入校した生徒たち。彼らを待ち受けていたのは、冷厳な白髪教官・風間公親だった。半年にわたり続く過酷な訓練と授業、厳格な規律、外出不可という環境のなかで、わずかなミスもすべて見抜いてしまう風間に睨まれれば最後、即日退校という結果が待っている。必要な人材を育てる前に、不要な人材をはじきだすための篩。それが、警察学校だ。週刊文春「二〇一三年ミステリーベスト10」国内部門第一位に輝き、本屋大賞にもノミネートされた“既視感ゼロ”の警察小説、待望の文庫化!

上記紹介文にもあるように、警察学校を舞台にしたミステリというのが珍しいなというところに惹かれて読んでみました。
ミステリとは言え殺人事件は起きないので、「日常の謎」ミステリに分類されるのでしょう。
けれども、「日常の謎」ミステリに多いほのぼの路線でも心温まる路線でもなく、むしろ登場人物の悪意が際立つような話が多く、殺人事件を扱うミステリ以上にぞっとするような場面も多いことに驚きました。
連作短編集の形式で、ある警察学校の半年間(短期課程というようです)を追った作品ですが、全体を通してとにかく「怖い」という印象が強く残りました。


まず何と言っても教官の風間が怖い。
非常に鋭い観察力と洞察力を持つ人物で、本作の探偵役と呼べる役割を担っています。
が、つかみどころがないというか、底が知れない怖さがあります。
物語が生徒視点で語られているということもあると思いますが、とにかく厳しくて、生徒をスパイのように使って生徒たちに関するさまざまな情報を入手しているというところも、なんだか不気味。
警察学校は優秀な警察官を育てるためだけではなく、警察官に向かない人間をふるい落とすための場所である、ということが作中で幾度か語られますが、風間もその考え方に則っているのであれば、厳しさも生徒に関する情報入手も職務遂行上当然だというのは分かります。
そう理解して読んでいても、それでも怖いという印象は最後までぬぐえませんでした。
警察官を養成する学校なのですから当たり前とは言え、小学校~大学の「学校の先生」とは全く異なります。
また、風間以外の教官も何人か登場しますが、そうした他の教官の持つ怖さと風間の持つ怖さは、また違うように感じました。
風間の場合、ただ厳しいだけではなく、相対したら何もかも見透かされそうな、自分が丸裸にされそうな、そういう怖さがあります。


さらに、登場する生徒たちが起こすトラブルや事件がこれまた怖い。
集団生活をしていれば当然さまざまな人間関係ができていき、その中にはよい関係もあれば悪い関係もあります。
この作品では、よい関係はあまり描かれず、悪い関係から生じるひずみやほころびを中心に描かれています。
だから怖いのですが、それに加えて、生徒たちの中から発生する悪意が常軌を逸しているレベルで、それゆえに起こる事件の内容も非常に陰湿なものになっています。
中には殺人ではなくても犯罪ではある、というような事件もあり、警察学校の中でこんなことが実際に起こったらと想像すると、これまた怖いという感想しか出てきませんでした。
よい人間関係の方はバッサリ切り捨てて悪意の描写に焦点を絞る作者の潔さが感じられますが、ここは好みが分かれるところでしょうか。
個人的にはちょっと読みづらいなぁと感じました。
というのも、登場人物の誰にも共感しづらく、物語のどこに感情移入して読めばよいのかがよく分からないのです。
風間の鋭い洞察による推理力には感心するところもありましたし、ミステリとしては私は悪くないと思いましたが、謎が解かれてすっきりしたというよりも、登場人物の性格の悪さにげんなりした気持ちになってしまうことが多く、読後感がよくありません。
もう少し感情移入できる人物が登場していたら、もっと面白く読めただろうと思います。


題材は目新しいし、伏線の張り方も悪くありません。
警察学校の授業内容や取り調べのコツなど、普段縁のない世界の話は興味深くもありました。
終始漂う不気味さ、陰湿さ、怖さも、好きな人は好きなのだろうと思います。
でも私はあまり好きなタイプの物語ではありませんでした。
☆3つ。