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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『昭和の犬』姫野カオルコ

昭和の犬 (幻冬舎文庫)

昭和の犬 (幻冬舎文庫)


昭和三十三年滋賀県に生まれた柏木イク。気難しい父親と、娘が犬に咬まれたのを笑う母親と暮らしたのは、水道も便所もない家。理不尽な毎日だったけど、傍らには時に猫が、いつも犬が、いてくれた。平凡なイクの歳月を通し見える、高度経済成長期の日本。その翳り。犬を撫でるように、猫の足音のように、濃やかで尊い日々の幸せを描く、直木賞受賞作。

以前からお名前だけは知っていたものの、姫野カオルコさんの作品を読むのは初めてです。
この作品は姫野さんの自伝的小説だとのことなので、姫野さんってこういう時代と場所に生きてきた人なんだなというのがよく分かり、初めて読む作品にはぴったりではないかと思えました。
直木賞受賞作なのでクオリティも折り紙つきです。


昭和33年生まれの柏木イクという女性の半生を通して、昭和から平成に至るまでの日本の様子がうかがえる作品です。
舞台は架空の街ではありますが、滋賀県内という設定なので、同じ関西人の私には方言たっぷりの会話文も馴染みやすく、情景が思い浮かべやすいのがよかったです。
さすがに高度経済成長期の日本のテレビ番組など、自分が生まれていなかった頃のいくつかのネタにはよく分からないものもありましたが、本文の下に親切な注釈がついているので、へええと思いながら特に引っかかることもなく読み進めることができました。
同じ時代を知っている人ならおそらく共感できるところがたくさんあるのでしょうし、私のように自分が生まれる前の話であっても興味深く読めると思います。
また、昭和史を語る上で戦争ははずせませんが、この作品は戦後しばらく経って苦難の時期を乗り越え、右肩上がりの成長期に突入するところから話が始まるので、多少戦争の話も出ては来るものの、話が重すぎたり暗すぎたりすることがないのが非常に読みやすいです。
主人公・イクの半生も、それほどドラマチックなできごとが起こるでもなく、比較的淡々と描かれていて盛り上がりには欠けるのですが、それでもほのかに心があたたまっていくような感慨があるのは、タイトルにもなっている「犬」たちの存在が大きいのだろうと思います。


本作にはイクの人生を共に過ごした犬が何匹か出てきます。
ついでに猫も出てきます。
そうした犬や猫とのかかわり方が、これまた昭和っぽいのがいいなぁと思いました。
具体的に言うと、あまりべたべたしておらず、人間は人間、動物は動物の領域がきちんと区別されているのです。
最近はペットも家族の一員という認識が一般的だと思いますが、この作品に登場する犬や猫は、あくまでも犬や猫。
もちろん死んだら悲しむけれど、葬式やお墓などとは無縁です。
中には購入した犬をあっさり返品する家族も登場します。
見方によってはちょっと冷たい感じもしますが、昔はこれが当たり前のことだったのですよね。
イクにとっては現代のペットと人間の関係の方が不自然に思えるのだろうなと思いました。
街で出会った犬と触れ合う時も、ちゃんと飼い主の許可を得たり、犬が嫌がらないよう十分配慮して触れるイクの優しさは、幼い頃から動物が身近にいて、距離の取り方をしっかり理解している人ならではのものです。
別に現代的なペットへの接し方が悪いというわけではありませんが、犬に服を着せるとか、同じ食卓でものを食べさせるとか、そういうことがペットへの愛情の深さを表すわけではないのだと、イクの犬への接し方が教えてくれます。


イクは両親の愛情にはあまり恵まれているとは言えず、その分犬や猫の存在が彼女にとって大きいのだと思いますが、人間と動物との理想的な関係に心がほっこり温まりました。
両親は厄介な人たちだし、自分自身も結婚しなかったイクは幸薄そうにも思われますが、不思議と不幸感や悲壮感はありません。
犬や猫が常に寄り添ってくれていたことに加え、イクも作中で感じている通り、「いい時代に生まれた」ために昭和初期の暗黒や悲劇を直接経験せずに済んだということも大きいのでしょう。
それはイクと時期は違えど同じ昭和時代に生まれた私にも言えることで、ありがたいことだなぁと思えました。
☆4つ。