tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『友罪』薬丸岳

友罪 (集英社文庫)

友罪 (集英社文庫)


あなたは“その過去”を知っても友達でいられますか?埼玉の小さな町工場に就職した益田は、同日に入社した鈴木と出会う。無口で陰のある鈴木だったが、同い年の二人は次第に打ち解けてゆく。しかし、あるとき益田は、鈴木が十四年前、連続児童殺傷で日本中を震え上がらせた「黒蛇神事件」の犯人ではないかと疑惑を抱くようになり―。少年犯罪のその後を描いた、著者渾身の長編小説。

『天使のナイフ』以来ひさしぶりに薬丸岳さんの作品を読みました。
デビュー作である『天使のナイフ』同様、少年犯罪をテーマにしていて、現実に起こった事件を想起させるような内容だったこともあり、いろいろと考えさせられる読書となりました。


誰もが知る通り、少年は殺人などの凶悪犯罪を犯しても少年法によって守られ、本名その他のプライバシーが守られたまま、やがて社会へ出ていきます。
実際には「社会的に意義がある」とかなんとか理由づけされて雑誌に顔写真その他が載ることもありますし、インターネットが普及した今となっては真偽不明のものも含めて、犯人に関するさまざまな情報が誰でも見られる状態になっているので、完全に守られているわけではないとも言えます。
それでも、自分の周りに、誰も気づかぬまま元犯罪者が普通に生活しているという可能性は、十分にあり得ることです。
そして、その人物の過去を知らぬがゆえに、先入観も全くなく知り合って交流していれば、やがてその彼や彼女に友情や愛情を覚えることも、十分にあり得ることでしょう。
しかし、その後その人物が過去に凶悪犯罪を犯して世間を騒がせた人物だと分かっても、その友情や愛情は変わらずに維持できるものなのか?
本書はその重い問いを、読む者に突き付けてきます。


本作の主人公・益田は同じ日に入社した同僚として出会った鈴木と友達になります。
けれども鈴木が過去に日本中を震撼させた連続児童殺傷事件の犯人だということに気付き、彼とどう向き合うべきか苦悩することになります。
自分が益田と同じ立場だったら――?と考えてみると、非常に難しい問題だと言わざるを得ません。
少年院を出た彼は、「更生している」ということになっているのです。
更生してまともな人間になっているのなら、付き合いを避ける理由はないと言えます。
けれども本当に更生したという証拠がどこにあるのか、また、今は更生して危険はない人間だとしても、過去に残虐なやり方で人を殺した人間を、自分や他の人たちと対等に扱えるのか。
殺人犯に嫌悪感を覚えるのは人間としてまっとうな反応だと思いますし、少年院や刑務所で更生教育を受けたとしても、犯した罪が消えるわけではありません。
正体がばれた時に鈴木が益田を含む周囲から避けられ、蔑まれるのは仕方のないことで、過去にとらわれず今の鈴木を受け入れるべきだなどというのはきれいごとにすぎないとも思います。
中には「どこかで野垂れ死んでほしい」と、鈴木の死を願う人も。
そんな中で、最終的に益田がたどりついた「鈴木に生きていてほしい」という思いに、私は個人的には共感できました。


もちろん、鈴木を完全に許せるとは言えません。
本作では疑似の母親として鈴木に接した少年院職員の物語が丁寧に描かれています。
事件の被害者や被害者の家族はもちろん、鈴木の学校の関係者や近隣住民など、鈴木が起こした事件によって人生に多大な影響を受けた人はとてもたくさんいて、少年院の職員ですら例外ではありません。
一体どれだけの数の人の人生をめちゃくちゃにしたのかと、鈴木の罪の重さに胸が押しつぶされそうな思いがします。
未成年だったからといっても許されるようなことではないでしょう。
でも、だからこそ、安易に死を選ぶのではなく、生きてほしいと、私も益田と同じ結論に達したのです。
死はひとつの「逃げ」でもあるからです。
この世に生きる苦しみや辛さから完全に逃れる唯一の手段が「死」です。
であるならば、司法によって生きることを運命づけられた鈴木は、たとえ犯罪者として石を投げられようとも罪の重さに押しつぶされそうになろうとも、死に逃げることなく生をまっとうすべきではないかと思うのです。
それこそが鈴木に唯一できる贖罪の道なのではないかと。
もちろんこれが正解だという気はありませんし、人によってさまざまな意見が出てくるのが当然の、それだけ難しい問題です。
けれども益田が苦悩の果てに至った結論は、真剣に考えた結果だからこそ貴いし、彼自身が自分の過去に対して抱える後悔と罪悪感も薄れればいいなと思いました。


益田の視点、少年院職員の視点、そして鈴木に好意を抱く女性の視点と、3つの視点からとても丁寧に描写された作品で、少年犯罪とどう向き合っていくべきなのか、真剣に考えさせられました。
鈴木が起こした事件はあの神戸連続児童殺傷事件を髣髴とさせるもので、その事件の犯人のことが再び話題になった今年にこの作品を読めて、とてもよかったと思います。
薬丸岳さんは最新作でも少年犯罪をテーマにされているのですね。
難しい題材に真摯に取り組む作者の姿勢に頭が下がります。
重いテーマながらリーダビリティが高く、小説として非常に読みやすかったので、これからもこのような質の高い作品を送り出し続けてほしいと期待しています。
☆5つ。