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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『元気でいてよ、R2-D2。』北村薫


気心のしれた女同士で飲むお酒は、自分を少し素直にしてくれる…そんな中、思い出すのは、取り返しのつかない色んなこと(「元気でいてよ、R2‐D2。」)。産休中の女性編集者の下に突然舞い込んだ、ある大物作家の原稿。彼女は育児に追われながらも、自ら本作りに乗り出すが…(「スイッチ」)。本人ですら気付かない本心がふと顔を出すとき、世界は崩れ出す。人の本質を巧みに描く、書き下ろしを含む9つの物語。

もともとは集英社文庫から刊行されていた作品なんですね。
今回角川文庫から出るにあたって、書き下ろし1篇が追加され、ちょっとお得感が出ています。
北村さんの作品を読むの自体久しぶりでしたが、やっぱり北村さんが書く女性主人公の話はいいなぁと実感できる作品ばかりが詰まった、素敵な短編集でした。


改めて思ったのは、北村さんは本当に女性の心理描写がうまい!ということ。
男性作家が描く女性の登場人物は、女である私からすると感覚にずれがあるというか、いまひとつ共感しづらいようなこともありますが、北村さんの作品に関してはそういうことが全くありません。
本書に収録されている9篇の短編の主人公はいずれも女性ですが、職業や年齢はバラバラです。
女子大生から熟女まで、言葉遣いもとても自然ですし、言動にも違和感がありません。
北村さんはデビューからしばらくは覆面作家として活動されていましたが、その当時は女性だと思われていたこともあったそうです。
そんなエピソードも作品を読めば非常に納得が行きます。
なんでしょうね、文体が柔らかいのかなぁ。
それに、ちょっとした何気ない描写が、とても繊細でリアルなのです。
例えば、「微塵隠れのあっこちゃん」の冒頭で、主人公の女性が買ってきたコットンの箱を開ける時に、変な具合に破けた包装フィルムが指にまとわりつく描写。
日常生活で誰もが経験していることを、決して大げさにではなく自然に、でもとても印象に残る描き方ができるのは、北村さんだけだろうと思えます。
普段から観察力が高くて、表現力も豊かだからできることなのでしょう。
日常の謎」ミステリという分野の先駆者である北村さんだからこそ、何気ない日常への感覚が鋭いのだと思います。


収録されている作品は、どれもミステリではないものの、最後にちょっとドキッとさせるような展開が待っています。
ものすごくびっくりとか、ものすごく怖い、といった瞬間的なインパクトはないけれど、じわじわと後を引くような感覚が残るのですが、そのじわじわ加減が絶妙。
特に「マスカット・グリーン」「腹中の恐怖」「さりさりさり」の、最後の一文を読んで物語の意味がじんわりと分かってきた時の「うわぁ……」という気持ちは、後々まで尾を引きました。
ミステリには「フィニッシング・ストローク (最後の一撃)」という大どんでん返しの手法がありますが、そういう大きな衝撃ではなく、ゆっくりと長く続く小さな驚きや恐怖感に、心がざわざわします。
北村さんの文章は基本的に柔らかくて、表現も繊細で丁寧で美しいのですが、その分余計に物語の中に潜んだ小さな恐怖や毒や悪意がとても印象的で、その二面性がいいなと思います。
かと思えば、この角川文庫版に書き下ろしの「スイッチ」にはほろりと泣かされました。
ただこの感動も、よく広告の惹句に使われるような「号泣」とか「涙が止まらない」とか、そんな強いものではないのです。
あくまでもじわりと静かに心に沁みこんでくるような感動で、とてもいいものを読めたなぁという幸せな気持ちになれました。


すっかり北村節に魅了された短編集でした。
がっつり読み応えのある長編が好きな私ですが、こんなふうに小粒でも良質な短編集ならいくらでも読みたいですね。
ところで、スターウォーズの新作の話題が増えている今、とてもタイムリーなタイトルでもありますが……、実際のところ、あまりSWとのつながりがあるわけではないので、SWファンだからという理由で読むとちょっとがっかりするかも。
☆4つ。