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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『境遇』湊かなえ

境遇 (双葉文庫)

境遇 (双葉文庫)


デビュー作の絵本『あおぞらリボン』がベストセラーとなった陽子と、新聞記者の晴美は親友同士。
共に幼いころ親に捨てられ児童養護施設で育った過去を持つ。
ある日、「真実を公表しなければ、息子の命はない」という脅迫状とともに、陽子の息子が誘拐された。
「真実」とは一体何なのか。そして犯人は……。巻末に絵本『あおぞらリボン』(文・みなとかなえ 絵・すやまゆうか)を収録。

普通の人が持つ嫌らしさや闇を抉り出すように描く湊かなえさんが今回選んだ題材は、児童養護施設で育った女性に降りかかる誘拐事件でした。
県会議員の夫を持ち、絵本作家としてデビューした陽子。
そして新聞社で働く晴美。
場所は違えど、児童養護施設出身という共通点をきっかけに大親友となったこの2人の女性の語りで物語は進みます。
非常にサクサクと読めていいのですが、最後まで読み終わると、あれっ、なんだか物足りない?という思いが残りました。


ストーリー運びは悪くないと思います。
陽子が絵本作家になり、デビュー作の「あおぞらリボン」がヒットするいきさつや、晴美が恋人と別れるエピソード、そして陽子と晴美の出会いについての回想。
2人の過去と現在を丁寧に描く前半部は、陽子の周りにちらつく謎の女性の影や、政治家である陽子の夫とその事務所の人々との人間関係など、伏線と思われる要素をテンポよく次々に見せてくれ、この先に起こる事件への期待を十分に高めてくれます。
そしてついに陽子の息子が姿を消し、夫の事務所に脅迫状が届いて、さぁ物語が大きく動くぞ、とこの辺りまではとても面白く読んだのですが。


残念ながら肝心の誘拐事件が起こってからのストーリーは、失速してしまった印象が否めませんでした。
個人的に一番気になったのは、幼い子どもがひとり誘拐されているという状況でありながら、緊迫感が伝わってこなかったことです。
最愛の息子を誘拐された母親である陽子でさえも、なんだか妙に落ち着きすぎているような感じがして仕方ありませんでした。
息子が無事帰ってくるということが最初から分かっているのではないかと思わせるほどの、切迫感のなさがどうにも引っかかります。
陽子以外の人物が、陽子の夫の立場などを考えると冷静になって慎重に動かざるを得ないというのは分かるのですが、母親である陽子までもそうなってしまうのは不自然なように思えますし、もし何か意図があってそのような描き方にしたのであれば、作中にその説明がないのは不親切だと思いました。


事件の真犯人や顛末にもあまり意外性はなく、前半に伏線らしきものがたくさんあったことを思うと、ミステリとしても肩すかし感が強いです。
陽子と晴美の境遇についての真相に関しては宿命的なものが感じられ、2人の関係が大きく変わってもおかしくないくらいのインパクトはあるのですが、どうしたことかそこから広がっていくものがなく拍子抜けしてしまいました。
陽子と晴美の絆の強さは感じられるのですが、そこまで止まり。
この物語は悲劇ではないし、湊さんの他作品に見られるような衝撃的な驚きを狙ったものでもないというのは分かりますが、それなら強い感動を味わわせてくれるような展開が欲しかったなぁと思いました。


なんだかネガティブな感想ばかりになってしまって申し訳ないですが、とにかくいい意味でも悪い意味でも強く心を揺さぶるようなところが何もなく、あまりにさらりとしすぎているのが残念です。
湊さんのデビュー作にして代表作でもある『告白』は賛否両論で、絶賛する人もいればこき下ろす人もいましたが、それだけ人の心をかき乱すことに成功した作品だということであり、それは湊さんの小説家としての実力の高さの裏付けでもあると思います。
湊さんの作風だからこその毒気や感動が、この作品にも欲しかったなぁという思いでいっぱいです。
児童養護施設のことについてももっと掘り下げてみてもよかったのではないでしょうか。
こういう題材なら社会派ミステリの方向に持っていくのも面白かったかもしれません。
本作に関しては残念ではありましたが、前半は面白かったし心理描写も巧みで、よいところもなかったわけではありません。
次回作に期待したいと思います。
☆3つ。