tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』山田詠美


ひとつの家族となるべく、東京郊外の一軒家に移り住んだ二組の親子。それは幸せな人生作りの、完璧な再出発かと思われた。しかし、落雷とともに訪れた長男の死をきっかけに、母がアルコール依存症となり、一家の姿は激変する。「人生よ、私を楽しませてくれてありがとう」。絶望から再生した温かい家族たちが語りだす、喪失から始まる愛惜の物語。

山田詠美さんの作品を読むのは久しぶりでした。
恋愛小説のイメージが強い作家さんだと思いますが、今回は恋愛小説というよりは家族小説の方が近いかな。
それに加え、生と死を考えさせられる作品でもありました。


子連れ再婚同士の夫婦、そして4人の子どもたち。
子どもたちは思春期を迎え難しいお年頃でしたが、まるで最初からずっとひとつの家族だったかのように、仲の良い幸福な家族として再出発します。
けれども、何もかもうまくいっていたはずだったのに、ある日突然高校生の長男が亡くなってしまうことから、一家は最大の危機を迎えます。
落雷による事故死というショッキングなそのできごと自体は、非常にあっさりと描かれています。
この作品の焦点は、長男の死後に一家に起こった変化に当てられているからです。
長男の存在は家族全員にとって非常に大きなものでした。
特に母親にとっては、自分が初めて産んだ子供だから、ということもあったのかもしれませんが、まるで自分の一部であるかのような感覚だったのでしょう。
最愛の息子の死により、彼女は壊れていきます。
アルコール依存症となり、ゆっくりと死んでいっているかのような、不安定な状態になってしまった母親。
それによって家族のかたちも大きく変わっていくことになります。


人が生まれ、死んでいくのは当たり前のこと。
Mr.Childrenの曲に、「生まれた瞬間から ゆっくりと死んでゆく」という歌詞がありますが、私たちはみんないずれ死ぬし、愛する人が死ぬことも避けられないことなんだと、頭では分かっていても、実際にその日を迎えることは、やはりつらく悲しいことだと思います。
明るく楽しい家庭づくりに注力していたお母さんだったからこそ、その家庭の中に埋めようのない大きな穴があいたことは、受け止めきれない大きなダメージになったのだろうということは理解できます。
うまく長男の死に向き合うことができない母親を、他の家族はそれぞれのやり方でなんとか支えようと奮闘します。
母親がそんな状態だから、皮肉にも子どもたちの成長が促された面もあるのだと思いますが、残された3人のきょうだいが三人三様の成長を遂げていき、家庭崩壊の危機に直面しながらもなんとか踏みとどまって、新しい家族のかたちに向かって再生していく過程に胸を打たれました。


大切な人の死とどう向き合うか、そして病気になってしまった家族をどう受け止めるか。
誰もが避けて通れない大きな問題ですが、答えはひとつじゃないんだよということを、この作品は教えてくれました。
血を分け合った家族だって、ひとりひとり別の人間。
考え方も生き方も、ひとりひとり違う。
それでも、全員が同じ方向を向いているならつながりは保てるし、試練を乗り越え前へ進んでいける。
家族だからその中の誰かの死はつらい、でも家族だからそれを乗り越える希望も分かち合えるということに、切なくもあたたかい気持ちになりました。


山田詠美さんの描く家族は、濃すぎず、薄すぎず、絶妙な距離感とバランスをもっているのがいいなと思います。
『風味絶佳』や『PAY DAY!!!』なども思い出しつつ、悲劇の中にも明るい優しさのあるエイミーワールドに浸って、素敵な読書時間を過ごせました。
☆4つ。