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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『大きな音が聞こえるか』坂木司


退屈な毎日を持て余す高1の泳。サーフィンをしている瞬間だけは、全てを忘れられる気がした。そんなある日、泳は“終わらない波”ポロロッカの存在を知る。「この波に乗ってみたい―」。こみ上げる想いに、泳はアマゾン行きを決意する。アルバイトや両親の説得を経て、退屈な日常が動き出す。降り立った異国が出会ったのは、様々な価値観と強烈な個性を持った人々。泳はもがきながらも、少しずつ成長していき…。

日常の謎ミステリを得意とする坂木司さんですが、今回はノンミステリで、青春冒険小説。
サーフィンが趣味の男子高校生が主人公ということで、私はサーフィンをやったこともないし興味すらないけど大丈夫かな、なんて思いながら読み始めましたが、予想を覆す面白さでした。
サーフィンは主人公の泳(えい)が行動を起こすきっかけではあるけれど、物語の主題というわけではありません。
あくまでも、主眼は泳の成長にあります。


泳は、私立のエスカレーター式の学校に通っているので受験もなく、部活もやっていないので、毎日暇を持て余しています。
父親はIT系企業の社長で、それなりに裕福な家庭に育った、恵まれた子だということもうかがえます。
夏休みに入って、趣味のサーフィンを楽しんだり、友達とだらだら過ごしたり、という変わり映えのしない日々を過ごしているときに、製薬会社に勤める叔父がブラジルに赴任するという話を聞き、いろいろとブラジルについて調べているうちに、アマゾンで起こる自然現象「ポロロッカ」の情報にたどり着きます。
そして、そのポロロッカの波でサーフィンをする人たちがいるということを知った泳は、自分もポロロッカに乗りたいという気持ちを抑えられなくなります。
そこから始まる、旅費を貯めるためのアルバイトの日々。
夏祭りの設営、ティッシュ配り、引越し屋、中華料理屋など、いろんなアルバイトが出てきますが、これは『切れない糸』『シンデレラ・ティース』『和菓子のアン』などの、坂木さんが得意とするお仕事小説のエッセンスがたっぷり。
とても楽しく読めました。
ちょっと癖のある父親と、母親を説得する場面もなかなか面白かったです。
意外とあっさりアマゾン行きを認められたことで拍子抜けする泳の気持ちもよく分かりました。


でも、何と言っても面白いのは、泳が実際にブラジルへ渡ってから。
日本とは言語も習慣も全く違う国の文化と、そこに住む多種多様な人たちとの出会い。
いいことも悪いことも、きれいなものも汚いものも、いろんな体験が泳をどんどん大人にしていきます。
読んでいて何度、泳がうらやましくてたまらなくなったか。
若いということがうらやましい、男であるということがうらやましい!!
日本で普通に高校生をやっていたらまず体験できないようなことや、日本の大人だったら眉をひそめるようなこともたくさん経験して、目覚ましい成長を遂げていく泳の姿が、まぶしくてうらやましくて、もう泳と同じような成長は望めない自分のことを思って切なくなるほどでした。
そんな泳の成長物語を読んでいて思ったのは、日本の高校生にはもっと冒険をさせないといけないのかもしれないね、ということでした。
危険だから、とか、学生の本分は勉強だ、とか、高校生はまだまだ子どもだ、とかそんな理由で、「あれはダメこれもダメ」と日本の高校生たちは行動を制限されていることが多いように思います。
少なくとも、私自身の高校生時代はそうでした。
それは間違いではないのですが、逆に言うと大人の庇護の下で甘やかされているとも言えます。
泳は自分でやりたいことを見つけ、それがどうやったら実現できるのかを考え、行動し、ついに夢を叶えました。
その過程には嫌な思いをしたつらい経験もありましたが、それも含めて確実に泳のこれからの人生の糧になっているのが分かります。
ただ親元にいて学校に通っているだけでは得られないものを得るためには、大人たちも子どもを信じて自分の手元から放す覚悟が必要なのだと思いました。


巻末の参考文献の中に、ザ・ハイロウズの「胸がドキドキ」が挙げられているのが面白いですが、本当に読んでいて胸がドキドキするような場面がいっぱいの、魅力的な青春小説でした。
もう泳くんほどに成長はできないし同じ経験をするのも無理だけど、私もたまには冒険をしてみなきゃなぁと思ったりもしました。
大人にとっても学ぶところのたくさんある良作でした。
☆4つ。