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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ジャイロスコープ』伊坂幸太郎

ジャイロスコープ (新潮文庫)

ジャイロスコープ (新潮文庫)


助言あり〼(ます)――。スーパーの駐車場で“相談屋”を営む稲垣さんの下で働くことになった浜田青年。人々のささいな相談事が、驚愕の結末に繋がる「浜田青年ホントスカ」。バスジャック事件を巡る“もし、あの時……”を描く「if」。文学的挑戦を孕んだ「ギア」。洒脱な会話、軽快な文体、そして独特のユーモアが詰まった七つの伊坂ワールド。書下ろし短編「後ろの声がうるさい」収録。

伊坂さんの作家生活15周年を記念して刊行された短編集です。
収録作品は、まさに「伊坂ワールド」としか言いようのない、独特の作風が印象的な作品ばかりで、15周年の記念にふさわしい1冊でした。
それではさっそく各収録作品の感想を。


「浜田青年ホントスカ」
これは東京創元社のアンソロジー『晴れた日は謎を追って』に収録された作品です。
ひとつの街を舞台にしたアンソロジーからこの作品だけを切り出したために、作中に登場する固有名詞やエピソードが説明不足で分かりにくくなってしまっているのは残念ですが、それでも物語の面白みは十分味わえます。
浜田青年の思わぬ正体が明らかになる過程と、その「正体」そのものがいかにも伊坂さんらしい発想だと思います。


「ギア」
収録作の中では一番よく分からない感じがしました。
荒野を走るバスの車内が舞台なのですが、一体どういう経緯があってこのような状況になっているのか説明がないので分からないのです。
読者の想像力が問われますね。
「セミンゴ」という謎の虫?あるいは怪獣?が登場して、絵的には特撮パニックムービーっぽいところがありながら、スパムメールの文面が登場したりして妙に現実と地続きなのが可笑しかったです。


「二月下旬から三月上旬」
作中で何度も言及される「戦争」が印象的でした。
舞台は日本ですがパラレルワールド的な世界なのか(他の作品もほとんどがパラレルワールドを描いていますが)、この戦争は太平洋戦争のことというわけではなさそうです。
それでも、「どの時代のどの日も、『戦前』で、『増税前』だ。」という一文は、まさに今この時について言われているようで、ドキリとしました。
伊坂さんが描く戦争は、残酷さはあえて描写されていないようですが、どことなく不気味な感じがして背筋が寒くなります。


「if」
「あの時ああしていれば」と思うような場面は誰にでも訪れるもの。
小説ならば別の選択肢を選んだ場合の物語を書いてみることができます。
――と思わせておいて、思わぬ結末に痛快な気分になりました。
こういう話は好きですね。
本作はバスジャックを題材にしているのですが、なんだか伊坂さんの作品はバスや電車などの乗り物の車内を舞台にした作品が妙に多くて、伊坂さんの嗜好がうかがえるようです。
この短編集の中では本作が個人的ベスト。


「一人では無理がある」
何が「一人では無理」なのかなと思いきや、冒頭の緊迫感に反しての意外なほのぼの感にやられました。
こういうギャップも伊坂さんらしいですね。
この作品に登場するような会社が本当に存在していたら楽しいな、といろいろ想像してしまいました。
この会社を舞台に続編あるいは姉妹編を期待したいところです。


「彗星さんたち」
新幹線の清掃員さんたちを描いたお仕事小説。
伊坂さんが書くとお仕事小説でもちょっと不思議な非現実感があるのですね。
とは言え新幹線の車内清掃という仕事の魅力は十分に伝わりました。
特に強い輝きを放つ人が登場するというわけでもないのですが、ひとりひとりが自分の持ち場でやるべきことをきちんとやるということを徹底しているから、清掃員チーム全体が光って見える。
そういう意味で「彗星さんたち」というタイトルはぴったりだなぁと思いました。


「後ろの声がうるさい」
この作品だけは書き下ろし。
全収録作の登場人物たちがあちこちに顔を出すのが楽しい、ボーナストラック的な作品です。
ラストのほっこり感も、短編集の締めくくりにぴったりです。
心地よい読後感でした。


いずれも現実と非現実が混じり合った、不思議な読み心地の作品ばかりですが、文体が軽快でサクサク話が進むので、読みやすいと思います。
伊坂ファンとしては巻末に収録のインタビューもうれしいですね。
☆4つ。


●関連過去記事●tonton.hatenablog.jp