tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『リカーシブル』米澤穂信

リカーシブル (新潮文庫)

リカーシブル (新潮文庫)


越野ハルカ。父の失踪により母親の故郷である坂牧市に越してきた少女は、母と弟とともに過疎化が進む地方都市での生活を始めた。たが、町では高速道路誘致運動の闇と未来視にまつわる伝承が入り組み、不穏な空気が漂い出す。そんな中、弟サトルの言動をなぞるかのような事件が相次ぎ……。大人たちの矛盾と、自分が進むべき道。十代の切なさと成長を描く、心突き刺す青春ミステリ。

米澤さんの最近の作品は、ブラックな味わいのものが多いですね。
この作品もなかなかブラックです。
「青春ミステリ」という惹句から、もう少しさわやかな物語を想像していたのですが、その予想を見事に裏切ってくれました。


実父が失踪し、父の後妻である「ママ」と腹違いの弟・サトルと共に、坂牧市という地方都市に引っ越してきた中学1年の少女、越野ハルカが主人公です。
早く中学生活に馴染み、新しい町に親しもうと奮闘する中で、ハルカは弟のサトルの様子がおかしいことに気付き始めます。
まるで未来を予知するかのようなサトルの言動は、坂牧市に引っ越してきてから始まったものでした。
そんな中、ハルカは社会科教師の三浦先生から、坂牧市に伝わる「タマナヒメ」という伝承について教わります。
その「タマナヒメ」とサトルの奇妙な言動には関連があるのではと疑うハルカでしたが――。


物語はずっと、オカルトめいた雰囲気で進みます。
「タマナヒメ」という伝承の中身が、なかなかぞっとする内容ですし、まるで未来が見えているかのようなことを言い出すサトルの様子のおかしさも不気味。
しかも、物語が進むにつれどんどんその不気味さは増していきます。
伝承と言いつつ、「タマナヒメ」の話は実はそんなに昔の話ではなく、わずか5年前に「タマナヒメ」絡みで死人が出る事件が起きていること。
その事件に、坂牧市の人々が推進する高速道路誘致の運動が絡んでいるらしいこと。
少しずつ明らかになっていく坂牧市という小さな地方都市の抱える闇に、背筋が寒くなるような感覚を覚えました。


そして物語は、おそらく日本中の地方都市が直面しているのであろう「闇」と結びついていく中で、非現実的なオカルトでもホラーでもなく、現実的なミステリへと変化していきます。
これだけ科学技術が進歩した現代において、まだ伝承が生き続けていること。
中学1年のハルカですら「そんなに美味しい話ではない」と分かるような高速道路誘致に、まるでそれが自分たちを救ってくれる神であるかのように坂牧市民がすがっていること。
そうした町の事情、住民の事情を知らなかったり理解しなかったりする「よそ者」を、住民たちが冷たく排除しようとすること。
かつてのにぎわいを失い、寂れていく地方都市の閉塞感と排他性こそが、この作品に漂う不気味さの正体でした。


その閉塞感と対照的なのが、ハルカの深い洞察力と聡明さでしょうか。
終盤にハルカが見せる見事な謎解きぶりには、感心するというよりもなんだかかわいそうだという感情が湧いてきました。
もともとハルカは周りをよく見て、自分が周囲から浮かないように自分の見せ方を工夫するような計算高い少女ですが、その観察力や洞察力が家庭環境の複雑さによって磨かれたものであろうことを思うと、やるせない気持ちになります。
ハルカの置かれている状況は、中学1年生の少女がひとりで受け止めるにはあまりにも厳しすぎるものです。
大人たちの身勝手さに比べて、ハルカは特に何も悪いことはしていないのに、彼女ばかりつらい目に遭わなければならないのが非常に理不尽です。
それでも、自分の力でサトルの奇妙な言動の謎を解き明かし、くじけることなく前を向こうとするハルカの強さに胸を打たれました。
彼女のように、自ら状況を打開しようとする意思が坂牧市の住人にもあったならば……と思わずにはいられません。


よくよく考えれば、サトルの謎が解けたというだけで、事態はそれほどいい方向に進んだわけではない気もしますが、それでも厳しい状況にほんのわずかながら光が射し込むのが見えるような結末にホッとしました。
ハルカのその後を知りたいなぁと思いつつ、このちょっと後味の悪い中に少しの希望がのぞくところで終わっている方が、収まりがいいような気もします。
「青春ミステリ」というのとはちょっと違う気がしますが、少女の強さと成長が印象に残る作品でした。
☆4つ。