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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『わたしをみつけて』中脇初枝


施設で育ち、今は准看護師として働く弥生は、問題がある医師にも異議は唱えない。なぜならやっと得た居場所を失いたくないから。その病院に新しい師長がやってきて―。『きみはいい子』と同じ町を舞台に紡がれる、明日にたしかな光を感じる物語。

本屋大賞にもノミネートされた『きみはいい子』と同じ町を舞台にした物語です。
『きみはいい子』は短編集でしたが、今回は長編(といってもそれほどボリュームのある作品ではありませんが)。
個人的には今作の方が強く心に響き、何度も涙をこらえなくてはなりませんでした。


幼い頃に親に捨てられ、ずっと施設で育った弥生という名の若い女性看護師が主人公です。
彼女が働く病院には、誤診を繰り返す医師や遅刻常習犯の医師など、問題のあるスタッフがいますが、弥生は自分の居場所を失いたくない一心で、そうした問題を見て見ぬふりをし、受け流しながら働いています。
おかげで准看護師でありながら正看護師以上の評価を受けている弥生ですが、看護師の仕事に誇りややりがいを感じているようには到底思えず、ただただ日々を波風立てずにやり過ごすことしか考えていないようです。


このような弥生の態度には、やはり生い立ちが大きく影響しているのでしょう。
自己肯定感が低く、自分の気持ちや感情は押し殺して、無難に生きようとすることと、捨て子だったという過去との相関関係は明らかです。
そんな彼女の一人称で語られる物語は、彼女自身の心の中のように静かで、暗くて、冷たい感じがします。
その重い物語の中にさっそうと現れるのが、弥生の働く病院に赴任した新しい師長。
小柄で柔和な雰囲気でありながら、病院内の問題を決して見過ごさず、間違っていることは鋭く指摘する師長の登場により、病院の雰囲気が変わるとともに物語自体も明るい方向へ少しずつ変化していったのが印象的でした。
たった一人で場の雰囲気を変えてしまうような存在感を持った人って、確かにいますね。
そんな師長に影響されて、弥生も明るい方向へ顔を向け始めるラストがとても気持ちよかったです。


『きみはいい子』は虐待をテーマにした作品でしたが、今回は虐待のみならず、家庭内暴力や医療の現場の問題にも目を向けられていて、物語の幅が大きく広がったのを感じました。
いずれもとても大切で、でもとても重く難しいテーマばかりです。
その困難な題材に、真正面から真摯に取り組む作者の姿勢に頭が下がります。
医療に関する内容では、正看護師と准看護師の違いが特に印象に残りました。
正看護師と准看護師という二種類の看護師免許があることは知っていましたが、どのような違いがあるのかはほとんど知らなかったので、この作品を読んで初めて、問題点もあるようだということに気付くことができました。
弥生は育ってきた環境も厳しいものですし、大人になって働き出しても、医療の最前線というのはやはり厳しいものです。
ただ仕事内容が厳しいだけでなく、院長をはじめとして問題のある医師がいて「いい病院」には程遠い病院だということに暗澹たる気持ちになりますが、それでも絶望するにはまだ早い。
弥生も決してひとりで闘っているのではなく、共に闘い、祈り、前に進む人たちがいるということに、救われる思いでした。
どんな過酷な状況にも、希望の光は必ず射すと素直に思えました。


テーマの重さのわりにはとても読みやすく、あっという間に読み終えましたが、読んでよかったと心から思える物語でした。
家庭に恵まれなかった人の話を読むと、いかに自分が恵まれているかということを思い知らされます。
その幸せを大事にしながら、人それぞれの事情に心を配れる人間でありたいと強く思いました。
☆5つ。



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