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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『新月譚』貫井徳郎

新月譚 (文春文庫)

新月譚 (文春文庫)


美貌と壮絶な作品世界で一世を風靡した作家、咲良怜花。だが彼女は突如として筆を折った。なぜ彼女は執筆をやめたのか。彼女が隠し続けてきた秘密とは何か。沈黙を破り、彼女は語り始める―目立たない娘だった彼女を変貌させた、ある男との恋の顛末を。恋愛の陶酔と地獄を活写し、読む者の呼吸を奪う大作。

貫井徳郎さんといえばミステリの印象が強いのですが、今回はノンミステリ。
それでも、次々にヒット作を飛ばす人気作家が49歳という中途半端な年齢で絶筆宣言をした理由とは何だったのか、という「謎」をストーリーの中心に据えて、ミステリ的な驚きはないにしろ、ひとつの謎を追うというミステリ的な好奇心を存分に満たしてくれる作品でした。


ジャンル分けをするなら、本作は恋愛小説に含まれるのでしょう。
自分の容姿に強いコンプレックスを持って育った後藤和子というひとりの女性が、勤務先の社長である木之内という男と恋に落ちます。
といっても、その恋は決して明るく楽しいものではなく、むしろ苦しみの方が多いような恋です。
主人公の和子のすごいところは、その苦しみによってつぶれてしまうのではなく、恋の苦しみから生まれたドロドロした自分の情念をもって自分自身を変えてしまうところだと思います。
幼少からのコンプレックスだった顔を整形して別人のように美しく生まれ変わり、木之内に認められたいという一心で小説を書き始め、途中でがらりと作風を変えて売れっ子作家となっていく和子の姿に圧倒されるものを感じました。
たったひとりの男のために、自分を大きく変えてしまうというのは、なんと激しい心のあり方なのかと。
「恋」だとか「愛」だとかいう言葉だけでは、和子の木之内への感情は到底表現しきれませんし、いっそ壮絶とも言える和子の生き方は圧巻でした。


木之内は物語が進めば進むほど身勝手で不誠実な男だなと思えてくるし、その木之内に振り回される和子も自分に好意を寄せてきた男性にひどいことをしたりしていて、木之内ばかりを責められない、どっちもどっちなカップルだと感じるのですが、それでもこの2人を完全に嫌いにはなれないのが不思議でした。
自分が木之内のようなタイプの男に惹かれるかというと絶対そんなことはないだろうなと思うし、和子のようにひとりの男に固執し自らを変貌させていくような恋愛も私にはできないなと思います。
共感は全くできないのに、強い嫌悪感を持つというのでもなく、ただひたすらこの2人の関係の行きつく先が気になって気になって一気読み、という、今まで読んだ恋愛小説のどれとも異なる読書体験でした。
こんな恋愛小説もあるのかという、いい意味での衝撃を味わいました。


貫井さんらしい、ちょっと難しい言葉を多用した硬質な文体が、物語にさらに凄みを加えています。
エピローグ前までの展開が怒涛だったのに比べると、ラストはややあっさりしているようにも感じられましたが、何とも言えないやるせなさの残る読後感で、いつまでも余韻が残りました。
長く記憶に残りそうなインパクトある大作でした。
☆5つ。