tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『玉村警部補の災難』海堂尊


「バチスタ」シリーズでおなじみ加納警視正&玉村警部補が活躍する珠玉のミステリー短編集、ついに文庫化!出張で桜宮市から東京にやってきた田口医師。厚生労働省の技官・白鳥と呑んだ帰り道、二人は身元不明の死体を発見し、白鳥が謎の行動に出る。検視体制の盲点をついた「東京都二十三区内外殺人事件」、DNA鑑定を逆手にとった犯罪「四兆七千億分の一の憂鬱」など四編を収録。

海堂尊さんの人気シリーズ「バチスタ」シリーズの番外編となる短編集です。
今回の主人公は書名にあるように、玉村警部補。
人のいい玉村警部補が、強引な加納警視正に振り回される――ん?どこかで見たような構図ですね。
そう、「バチスタ」シリーズの主人公、田口先生と白鳥の関係性にそっくりなのです。
だからなのか、いつもの「バチスタ」シリーズとあまり変わらない感覚で読むことができます。
とは言ってもやはり番外編ですから本編とは主題が違っています。
本編シリーズはミステリの体裁を取りながら、現代医療にまつわる政治的・社会的な問題に切り込んでいくというものでしたが、本書はどちらかというとエンターテインメント性の高い純粋なミステリです。


収録されている4編の短編は、どれもこのシリーズらしく、ちゃんと医療が絡む事件を描いたものとなっています。
「東京都二十三区内外殺人事件」は検視制度の問題点が指摘されていて、これは海堂さんらしい視点だなぁと感じました。
警察の管轄によって変死体が解剖に回されるか回されないかが変わってくるという、行政のおかしな部分が、田口と白鳥も登場してコミカルに描かれています。
そのコミカルさは面白いのですが、この事件は本編シリーズの『イノセント・ゲリラの祝祭』に登場するエピソードの焼き直しで、特に新たな事実が明らかになるというようなこともなく物足りなさを感じました。


次の「青空の迷宮」は、他の3編とは少し毛色が異なっていて新鮮な印象を受けました。
テレビ番組の収録のために作られた巨大迷路での殺人事件を描いていますが、事件解決にグーグルアースが使われるのがなんとも現代的で面白かったです。


「四兆七千万分の一の憂鬱」ではDNA鑑定を鵜呑みにしてはいけないということを考えさせられました。
科学的な証拠が出てくるとついそれを信じてしまいそうになりますが、何事も疑ってみることが大事ですね。
特に犯罪捜査の場合、冤罪の危険性もはらんでいるわけですから。


最後の「エナメルの証言」は歯科ミステリとでもいうのでしょうか、医療ミステリの中でもかなりの変わり種のような気がします。
個人的には自分が歯科治療を受けた時に知った言葉や治療方法が出てきたので、状況もイメージしやすく、読みやすく感じました。
想像してみるとかなり気持ち悪い状況ですが、実際にこのような事件が起きてもおかしくないようなリアリティも感じられて、少しぞっとする思いでした。


全て医療ミステリの短編とは言えども、中身はなかなか多彩で、思ったよりも読み応えがありました。
それはミステリ好きとしてはうれしかったのですが、やはり本編シリーズと密接なつながりがあるので、シリーズ未読の人には薦めにくいというのも正直なところ。
シリーズ読者へのファンサービス的な側面もあるのかもしれないので、仕方ないとは思います。
全体的には「バチスタ」シリーズ読者なら十分楽しめる内容ですし、すでにキャラが確立した登場人物たちを用いた本格的医療ミステリが書けるのは、海堂さんだけの強みと言えるのではないかと思います。
☆4つ。