tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『百年法』山田宗樹

百年法 (上) (角川文庫)

百年法 (上) (角川文庫)

百年法 (下) (角川文庫)

百年法 (下) (角川文庫)


不老化処置を受けた国民は処置後百年を以て死ななければならない―国力増大を目的とした「百年法」が成立した日本に、最初の百年目が訪れようとしていた。処置を施され、外見は若いままの母親は「強制の死」の前夜、最愛の息子との別れを惜しみ、官僚は葛藤を胸に責務をこなし、政治家は思惑のため暗躍し、テロリストは力で理想の世界を目指す…。来るべき時代と翻弄される人間を描く、衝撃のエンターテインメント!

山田宗樹さんって名前は聞いたことあるなぁ、なんて思っていたら、『嫌われ松子の一生』の作者だったんですね。
読んだのに著者名はすっかり頭から抜け落ちていました。
いきなり失礼で申し訳ないですが、自分のど忘れっぷりにびっくり(^^;)


戦争で原爆を6発も落とされ、壊滅状態になった後共和国制に移行し、奇跡の復興と発展を遂げた「もうひとつの日本」を舞台とする物語です。
この世界では、不老不死化技術が実用化されています。
けれどもその一方で、HAVIと呼ばれる不老化処置を受けた国民は、処置後100年経つと国家によって強制的に死を与えられるという内容の「百年法」という法律も存在していました。
物語は、その百年法の施行を目前とした西暦2048年から始まります。


この不老不死が実現した社会という設定が面白いなぁと思って読み始めました。
自殺や他殺、事故、病気によって死ぬことはあるので、完全な不老不死というわけではないのですが、少なくとも寿命という死はない、というのがこの作品内での不老不死です。
不老不死は人類の悲願、などと言われることもありますが、個人的には不老不死なんてまっぴらだ、と思っています。
若いままの肉体でいられるというのは確かに魅力的ではありますが、死なないというのは本当にいいことなのでしょうか。
生きていればそれなりにつらいことも悲しいことも苦しいこともあるものです。
でも、人生には限りがあり、どんな艱難辛苦も永遠に続くわけではない、ということを知っているからこそ、なんとか乗り越えていけるという側面があるのも事実ではないでしょうか。
死なないということは、生活を維持するためにずっと働き続けなければならないということでもあり、それもまた大変そうだなぁと思うのです。
この作品では、そんな個人レベルでの問題を超えて、不老不死が社会や国家にもたらす弊害を描いています。
その弊害を解消するために百年法が必要なのだという筋書きには、非現実的な設定であるにも関わらず強い説得力を感じました。


不老不死はありえない、非現実的なものだとは思いますが、実のところこの作品が描いている「もうひとつの日本」の状況は、意外にも現実に今の日本が抱える問題と似通っているところもあると思いました。
少子高齢化社会の現実の日本で世代間格差が問題となっているように、この作品の日本でも、人が老いず、死ぬことも少ないことで、実年齢が若い世代が職を得にくいといった問題が起こっています。
老人がいないということは医療費や福祉の問題が起こりにくくてよいかと思いきや、老いないからこその社会問題が発生し、そのために結局は強制的に死を迎えさせる必要が生じるというのがなんとも皮肉で、そうおいしい話はないものだなぁと思わされました。
物語の終盤で発覚するある衝撃的な事実はさらに皮肉で、残酷ささえ感じましたが、よくよく考えれば、人はいずれ死ぬ、というのは本来普通のこと。
奇抜な設定が、結局は一周回って当たり前のところに戻ってきたということに、いろいろと考えさせられました。
自分や、自分の周りの人々の老いと死にどう向き合うか、それは結局人間が逃れられない宿命なのだろうと思います。


それにしても、物語を盛り上げるはずのドラマチックな場面がことごとく省略されて、直接は描かれないというのが、なんとも不思議な手法だなぁと思いました。
読者の想像に任せるということなのかもしれませんが、具体的にどのようなことが起こったのかいまひとつ頭の中に描ききれなかった部分もあり、個人的には少し消化不良感もありました。
でも、ifの世界を描いた寓話的な物語と世界観は、なかなか面白かったです。
☆4つ。