tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『フロム・ミー・トゥ・ユー 東京バンドワゴン』小路幸也


今から30年前、突然、我南人が「この子ぉ、僕の子供なんだぁ」と生まれたての青をつれて帰ってきた―(「紺に交われば青くなる」)。二十歳の亜美が旅先の函館で置き引きに遭う。たまたま同じボストンバックを持っていた紺にいきなりの跳び蹴り。それが二人の出逢いだった(「愛の花咲くこともある」)など、「東京バンドワゴン」シリーズの知られざる過去のエピソードが明かされる全11編。

毎年春の刊行がとても楽しみな「東京バンドワゴン」シリーズ。
4世代が同居する今時珍しい大家族の日常と謎解きを、他界して幽霊になったサチおばあちゃんが語るという定型の物語がこれでもう8作目となりました。
水戸黄門サザエさんか、というくらいのマンネリストーリーながらここまで続いてきたのは、主人公一家の堀田家が明るくてあたたかい、理想的な家族だから。
ワンパターンながら、そのワンパターンこそが愛おしく感じられる物語というのは貴重だと思います。
今作は少し定型から外れて、堀田家のメンバーや近所の人々など、さまざまな人が語り手となって堀田家にまつわる裏話を披露する短編集になっています。
とはいえ、シリーズの「お約束」はしっかり登場します。
堀田家の賑やかな朝食シーンや、勘一の謎のオリジナル料理(?)。
これがなくちゃ「東京バンドワゴン」シリーズとは言えませんからね。
その辺きっちり押さえているのがさすがです。


すでに8年以上も続いてきたシリーズではありますが、今まで語られてこなかった物語が番外編として読めるのは、ファンとしてはうれしい限りです。
特に藍子の恋愛話や、紺と亜美の馴れ初め話がよかったですね。
藍子がシングルマザーになった経緯はこういうことだったんだ!とか、紺と亜美の出会い方がある意味ドラマチック、とか、シリーズ読者にとっては新たな発見がいくつもありました。
それにしても改めて思うのは、堀田家ってけっこう複雑な事情をいくつも抱えているなぁ、ということ。
それでも家族の絆は壊れないどころか、むしろますます強く固く結束していっている印象。
その懐の深さが堀田家の一番の魅力です。


堀田家の家長といえる存在の勘一は頑固一徹な昔気質の性格ですが、それでも基本的に人情派で愛情の深い人だから、4世代もの大家族をまとめられるのでしょう。
勘一とは対照的な雰囲気で、のんびりした口調で「LOVEだねぇ」ばかり言っているロックミュージシャンの我南人の存在も、堀田家にとっては大きいのだろうなと思います。
一家にとって一大事と言えるできごとが起こったような時にも、いつもマイペースな我南人が堀田家の芯の部分をさりげなく支えているのだろうな、と。
そして勘一や我南人の下で育った血縁者だけではなく、結婚によって堀田家に加わった非血縁者も、しっかりと堀田家の一員として存在感を発揮しているところが、大家族がうまくいく秘訣なのだろうと思います。


語り手がいつものシリーズとは違うということで、いろんな人物の視点から堀田家の物語を味わえました。
ますますストーリーに奥行きが出てきて、おなじみの登場人物たちに一層の愛着が湧きました。
時系列的には本編より少し前の話なので、鈴花ちゃん・かんなちゃんが出てこないのがちょっとさみしかったかな。
でもそれは次作でのお楽しみですね。
また来年の春が楽しみです。
☆4つ。


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