tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ノエル ―a story of stories―』道尾秀介

ノエル: -a story of stories- (新潮文庫)

ノエル: -a story of stories- (新潮文庫)


孤独と暴力に耐える日々のなか、級友の弥生から絵本作りに誘われた中学生の圭介。妹の誕生に複雑な思いを抱きつつ、主人公と会話するように童話の続きを書き始める小学生の莉子。妻に先立たれ、生きる意味を見失いながらボランティアで読み聞かせをする元教師の与沢。三人が紡いだ自分だけの〈物語〉は、哀しい現実を飛び越えてゆく――。最高の技巧に驚嘆必至、傑作長編ミステリー。

新潮社の雑誌「Story Seller」に掲載された短編(中編?)を1冊にまとめたもの。
収録作のうち「光の箱」と「暗がりの子供」を「Story Seller」の文庫版で読みましたが、それに「物語の夕暮れ」とエピローグが加えられて、バラバラだと思っていた作品が1つに繋がり、実はしっかり長編として書かれていた作品だったのだと分かって、うれしい驚きでした。


この作品はミステリと紹介されていますし、ミステリの技巧が使用されている作品であることは間違いありません。
もちろんその部分も読みどころではあるのですが、個人的にはミステリとしてよりは、一つの物語として、評価をしたい作品だと思いました。
主人公が異なる3つの短編。
「光の箱」では貧困やいじめや虐待に苦しむ中学生の姿が、「暗がりの子供」では自らの障害と親への複雑な感情に暗い思いを抱く小学生の姿が、「物語の夕暮れ」では子どもに恵まれず妻にも先立たれた元小学校教員の姿が描かれます。
これらの主人公に共通するのは、生きることの難しさや苦しみを他の人以上に感じ、つらい思いを誰にも言えないまま胸の中に隠し持っているところです。


そして、これら3つの短編に共通するもう一つの要素、それは作中で「童話」が語られるということです。
その童話の作者は主人公本人だったり、童話作家だったりしますが、いずれも各作品において大きな役割を果たします。
それは、生きづらさを感じる主人公やその周りの人物たちに、「救い」を与えていること。
音楽や絵などの芸術もそうだと言えるかもしれませんが、物語は決して人間が生きるのに必要不可欠なものではありません。
全く物語に触れなくても、生きていくことは可能です。
それでも、人の一生において、物語は救いとなることがある。
読書が好きな人なら、誰でも一度は読んだ物語に救われた経験があるのではないでしょうか。
読んだり聞いたりするだけではなく、自分が創ったり語ったりしても、物語がどうにもならない苦しみや悲しみやさみしさをほんの少しでも和らげてくれるようなことが、確かにあるのです。
それは私自身のこれまでの経験と照らし合わせても非常に共感できることでしたし、道尾さんの作家としての矜持や使命感までもが伝わってくるようでした。


最近の道尾さんの作品にはいつも弱者に対する優しいまなざしを感じます。
きっと普段から人への思いやりが強いからこうした物語が書けるのだろう、と思って胸があたたかくなりました。
これからも読んだ人たちに救いと優しさを与えるような作品を書き続けてほしいと思います。
☆4つ。