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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ランチのアッコちゃん』柚木麻子


地味な派遣社員の三智子は彼氏にフラれて落ち込み、食欲もなかった。そこへ雲の上の存在である黒川敦子部長、通称“アッコさん”から声がかかる。「一週間、ランチを取り替えっこしましょう」。気乗りがしない三智子だったが、アッコさんの不思議なランチコースを巡るうち、少しずつ変わっていく自分に気づく(表題作)。読むほどに心が弾んでくる魔法の四編。読むとどんどん元気が出るスペシャルビタミン小説!

2014年の本屋大賞ノミネート作品。
4月からNHKでドラマ化もされるようです。
確かに春にドラマ化するにはぴったりの作品だなぁと感じました。


表題作の第一話「ランチのアッコちゃん」では、失恋して落ち込んだ主人公の派遣社員・三智子が、勤め先の上司である「アッコ女史」から、1週間ランチを交換しようと持ちかけられ、拒むこともできないまま自分のお弁当をアッコさんに渡し、そして自分はアッコさんから指示を受けて外へランチを食べに行くことになります。
あらすじを紹介するとそれだけの話。
とても短いのですぐ読めてしまいます。
それでも、とても前向きで爽やかなストーリー展開で、読み終わると気持ちがほっこりあたたかくなりました。
さらに第二話「夜食のアッコちゃん」では、なんとアッコ女史がポトフのワゴン販売業に転身。
派遣先が変わって職場の人間関係に悩まされる三智子は、志願してアッコさんのお手伝いをすることになります。
第三話と第四話はスピンオフ的な短編で、アッコさんと三智子はチラリと出てくるだけですが、どちらも今時の「働く女子」を主人公に据えて、厳しい現実を吹き飛ばすような、元気と勇気が湧いてくるような物語でした。


全体的に少々ご都合主義的なところがあるかと思いきや、その一方で厳しい現実もちゃんと描いています。
第一話で三智子とアッコさんが働いていた教材専門の出版社は、第二話ではあっさり倒産しています。
いえ、経営が厳しい様子は第一話にちゃんと書かれていたのですが、第一話のラストからある程度持ち直すのかと予想していたら、そんなに甘いものではなかったようです。
また、三智子も派遣社員という不安定な立場からは脱せないまま。
派遣社員は今時珍しくないにしても、勤めていた会社の倒産はかなり大きな「事件」で、心へのダメージも小さくはないはず。
でも、三智子もアッコさんも少しもめげている気配はありません。
むしろ前向きに自分の新たな道を切り開こうとしている。
そのポジティブな姿勢に読んでいるこちらも励まされるような気がしました。


登場する食べ物がおいしそうなのもいいですね。
特に第二話でアッコさんがワゴンで販売して回るポトフは、ぜひ味わってみたいものだと思いました。
私の母がよく言う口癖のようなもののひとつに、「ごはんが食べられている間は大丈夫」というものがあります。
身体や心の調子が悪くなると食欲が衰えて、ひどいと全く食べられなくなることもありますが、それは裏を返せば食欲のあるうちはまだ軽症だということ。
そしておいしいものを食べることによって、身体に必要な栄養が摂れるのはもちろんのこと、心の傷や疲れも癒されて、また元気に頑張れるようになるということです。
この作品はまさにそのことを言おうとしている作品だと感じました。


表題作のアッコさんシリーズはもちろん、個人的には第四話の、役立たず扱いされて入社3か月で退職したゆとり世代女子の話もとても印象に残りました。
ゆとり教育の時代に育ったというだけでレッテルを貼られるというのは、本人の責任ではないだけに理不尽で、大変な世代だと思いますが、そんなレッテルなど気にも留めず、自分にできることを自分で探して実行する主人公の姿がとてもかっこよく感じられました。
そんなわけで私はなかなか楽しめた短編集でしたが、どちらかというと20代からせいぜい30代までの女性向けで、対象読者層がかなり狭いことで損をしていそうな作品だという印象もありました。
働くシングル女子にはおすすめ。
☆4つ。