tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ロシア幽霊軍艦事件 名探偵 御手洗潔』島田荘司


湖から一夜で消えた軍艦。秘されたロマノフ朝の謎。箱根、富士屋ホテルに飾られていた一枚の写真。そこには1919年夏に突如芦ノ湖に現れた帝政ロシアの軍艦が写っていた。四方を山に囲まれた軍艦はしかし、一夜にして姿を消す。巨大軍艦はいかにして“密室”から脱したのか。その消失の裏にはロマノフ王朝最後の皇女・アナスタシアと日本を巡る壮大な謎が隠されていた――。御手洗潔が解き明かす、時を超えた世紀のミステリー。

いやー、かなり久々に島田荘司さんの長編を読みましたが、やっぱり面白いですね。
なんというか、他のミステリ作家とは発想の仕方や目の付け所が違う気がします。
今作はいつもの御手洗潔シリーズと異なり、からくりのあるお屋敷も、密室も、壮大なトリックも、はたまた殺人事件すら登場しません。
ある歴史上の謎に挑む、ロマンたっぷりのミステリです。


その歴史上の謎とは、ロシア最後の王朝で、ロシア革命によって滅亡したロマノフ朝に関するものです。
ロマノフ家の人々は全員銃殺されたということになっていますが、末娘のアナスタシアだけは生き延びており、アナ・アンダーソンという名でアメリカに渡っていたという説が実際に存在するのです。
一方、箱根の名門ホテルには、芦ノ湖に突然現れたというロシアの軍艦が写る写真がありました。
同じ写真にアナ・アンダーソンと思われる人物が写っていることから、御手洗は2つの謎を結びつけ、ロシアの軍艦がなぜどうやって日本の湖に現れたのか、そしてアナ・アンダーソンは本人がそう主張するように、一家惨殺から辛くも逃げ延びたアナスタシアなのかについて、持ち前の類稀なる推理力で解き明かしていきます。


小学生から中学生くらいの頃、長寿番組「世界ふしぎ発見」が好きでよく見ていました。
ちょうど外国に興味を持ち始めた時で、謎解き風の番組の作りが私の好みによく合ったのでしょう。
本書はその「世界ふしぎ発見」に共通する面白さがあると思います。
とは言え、高校では日本史選択で、決して世界史に明るいわけではない私。
そんな私には、同じく日本史選択で世界史に詳しくないと語る石岡君の存在がとてもありがたいです。
御手洗が読者の…いえ、石岡君のために、とても丁寧に基本的知識から解説してくれています。
おかげで私にも分かりやすく、アナスタシアの謎にどんどん惹きつけられてぐいぐい読まされました。
もちろん作者の想像によって書かれている部分も多いのですが、史実と創作が無理なくリンクし、ミステリとしても歴史小説としても非常に読み応えのある作品になっています。
アナスタシアの謎については思わずネット検索でいろいろ調べてしまいましたが、アナ・アンダーソンがアナスタシアであるという説は基本的には否定されているようですね。
でも島田荘司さんがこの作品で行ったような医学的アプローチはとても興味深いし、今後またさまざまな角度からアナスタシア研究が進められて、島田さんの推理の正否が分かる日が来たら面白いなと思います。


御手洗潔シリーズの読者としても、十二分に期待に応えてくれる作品だと思います。
完全犯罪は起こらなくても、扱う謎のスケールの大きさはシリーズの他の作品と同じか、それ以上で、まさに御手洗が解くにふさわしい謎だと納得できます。
御手洗のキャラクターも相変わらずで、彼に振り回されがちな石岡君との関係性も面白いし、他の登場人物もみな個性的。
私は御手洗潔シリーズを全部追いかけているような熱心なファンというわけではないのですが、やっぱりこのシリーズは面白いなと再認識しました。
まだ読んでいない他の作品も読んでみようかという気になっています。
まずは本書と同時刊行された『御手洗潔進々堂珈琲』からでしょうか。
また読書の楽しみが増えそうです。
☆4つ。