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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『誰かが足りない』宮下奈都

誰かが足りない (双葉文庫)

誰かが足りない (双葉文庫)


おいしいと評判のレストラン「ハライ」に、同じ時に訪れた6組の客の物語。仕事に納得がいっていない。認知症の症状がではじめた。ビデオを撮っていないと部屋の外に出られない。人の失敗の匂いをかぎとってしまう―「足りない」を抱える事情はさまざまだが、前を向いて一歩踏み出そうとする時、おいしい料理とともに始めたい。決心までの心の裡を丁寧に掬いあげ、本屋大賞にノミネートされた感動作。

新年最初の読書は、去年に引き続き今年も初挑戦の作家さんの作品から。
この『誰かが足りない』は単行本刊行時にツイッターで評判になっていたのを覚えていたので、書店で見かけて手に取ってみました。
意外に薄い本だったのでちょっと驚きましたが、中身はしっかり詰まっていて新年最初の読書にもぴったりの素敵な作品でした。


タイトルだけ見るとミステリか、はたまたホラーか、という印象ですが、実際は全く違います。
「ハライ」という名の人気レストランに、10月31日午後6時に予約を入れた客6組の物語を収めた連作短編集形式の作品です。
その6組の客に共通するのは、みな何かしらの喪失感や不足感を抱えているということ。
ここにいるべき誰かがいない、自分がいるべき場所はここじゃない――6人それぞれ、抱えている事情は違うけれど、何かが足りない、誰かが足りないと感じている人たちが主人公なのです。


本当に大切な人、大好きな人と共に、おいしい食事を楽しむ。
それは間違いなく幸福と呼べるものです。
幸福だからこそ、そこから何かが欠けると、途端にさみしく、味気ないものに感じられてしまう。
でも人生はもちろん幸福な瞬間ばかりでできているわけではありません。
この作品に収められている6つの物語はどれも幸福とは呼べない、満たされない状況から始まっています。
でも、誰かのさりげない一言や、思いがけない出会いや再会をきっかけに、彼らはそこから脱し始め、幸福の象徴のような場所であるレストラン「ハライ」へ導かれます。
そのようにしてどの話も、途中がどんなに切なく悲しい話であっても、最終的には光が見える、ほっとするような結末にたどり着き、とても気持ちよく読み終われるのです。


個人的に一番心に響いたのは「予約 2」の認知症を発症し始めたおばあさんの話でした。
ちょうど1年前に亡くなった私の祖母も認知症を患っていたので、祖母も初期の頃はこんなふうに感じていたのかなと思うと、とても他人事とは思えず切ない気持ちになりました。
もちろん認知症ではない私には認知症患者の気持ちは分かりませんが、この話に登場するおばあさんの周りの肉親たちの気持ちはよく分かるだけに、患者本人の側から描かれたこの話が余計に胸に刺さったのだと思います。
愛する夫に先立たれたおばあさんの気持ちも丁寧に描かれていて、その身を切られるような痛みと悲しみとさみしさと、そして自らのつまらない意地と嫉妬を悔いる気持ちが、真っ直ぐに伝わってきました。


次点は最終話の「予約 6」かな。
失敗を匂いとして感じ取ることができるという特殊能力を持った女性が主人公の話です。
その能力を活かし、失敗を避けて生きてきて、それでも決して自分の生き方に満足を得られていない女性が、失敗というものの本質を悟る結末に明るい希望を感じました。

だけど、絶望じゃない。ただの失敗なのだ。どんなに大きな失敗をしても、取り返しがつかないほどに思えても、いつかは戻る。人生を下りることではない。そこからまた這い上がれる。這い上がる間の景色もまたいいような気がしているのだ。


183ページ 14~17行目より


最後に必ず救いや希望が感じられる話ばかりで、新年1冊目がこの作品で本当によかったと思いました。
私も「ハライ」においしいスープを飲みに行ってみたいな。
☆4つ。