tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『水の柩』道尾秀介

水の柩 (講談社文庫)

水の柩 (講談社文庫)


平凡な毎日を憂う逸夫は文化祭をきっかけに同級生の敦子と言葉を交わすようになる。タイムカプセルの手紙を取り替えたいという彼女の頼みには秘めた真意があった。同じ頃、逸夫は祖母が五十年前にダムの底に沈めた「罪」の真実を知ってしまう。それぞれの「嘘」が、祖母と敦子の過去と未来を繋いでいく。

非常に道尾さんらしい作品だなぁという印象。
ということは…ネタバレせずに感想を書くのが難しいということですね。
ミステリ要素は決して濃くないのに、それでも読み心地はミステリっぽい、というこのぎりぎりミステリのような、ミステリではないような…という感覚が、個人的には癖になる感じで好きです。


道尾さんの多くの作品で繰り返し用いられ、強い印象を与えるモチーフが今作でもいくつか登場しています。
「嘘」「罪」「雨」「光」「闇」…。
主人公は思春期真っ只中の中学生ですが、これらのモチーフと非常に相性が良いように思います。
子どもの世界から少しずつ大人の世界へ足を踏み入れ始め、自分のことを客観的に見つめることができるようになり、他人が抱えるさまざまな事情を理解し、思いやれるようになるという、まさに子どもと大人の境界線のような時期を生きている中学生が主人公だからこそ、この物語は成立するのです。
祖母が長い間ずっとつき続けてきた嘘、同級生の敦子が自分についた嘘。
2つの大きな嘘を知って、彼女たちが嘘をつかなければならなかった事情を知って、その心情を想像してみて。
そうした過程を通して、主人公の逸夫は一歩一歩、大人への階段を上っていきます。
ここで描かれる嘘はどちらもとても悲しい嘘でした。
決して悪意があっての嘘ではなく、嘘をつかなければいけない状況に追い込まれたための嘘なのです。
だからこそ逸夫は嘘をつかれていたと知っても怒ることはできず、それゆえに嘘の背景を真剣に考えることになります。
嘘をつくということは、幼いうちはとても悪いことのように大人から言われることも多いのではないでしょうか。
嘘というのは必ず悪であると断じることができるような単純なものではないのだと知ること、それが大人になる第一歩なのかもしれないなと思いました。


部分的にはっきりと書かれないところがあって、「こういうことなんだろうか?」と疑いながら読み進めることになるので、必然的にはっきりしない部分が気になってどんどん先を読みたくなります。
見事なページターナーっぷりですね。
決して大きなどんでん返しや急展開があるわけではないのですが、物語の全体像がやがてはっきりと見えると、とてもすっきりした気持ちになりました。
タイトルの「水の柩」もとても印象的です。
このタイトル自体がストーリー上、あるミスリードを誘うものとなっています。
水の中に葬られているもの。
それが終章で逸夫たち主要な登場人物たちの目前に晒されることになりますが、寒々しく朽ちた光景であるかと思いきや、そこに光が射し込んで確かな救いを感じられたのが印象的でした。
とても悲しくて、優しくて、あたたかいラストでした。


生きるということには苦しみも悲しみもつきまとうけれど、そこから逃げようとしたっていいし、忘れてしまってもいいし、必ずしもまっすぐ立ち向かわなければならないわけじゃないという、何か「赦し」のようなものが感じられる作品でした。
あまり明るいタッチではないながらも、読後感は決して悪くなかったです。
☆4つ。