tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『我が家の問題』奥田英朗

我が家の問題 (集英社文庫)

我が家の問題 (集英社文庫)


夫は仕事ができないらしい。それを察知してしまっためぐみは、おいしい弁当を持たせて夫を励まそうと決意し―「ハズバンド」。新婚なのに、家に帰りたくなくなった。甲斐甲斐しく世話をしてくれる妻に感動していたはずが―「甘い生活?」。それぞれの家族に起こる、ささやかだけれど悩ましい「我が家の問題」。人間ドラマの名手が贈る、くすりと笑えて、ホロリと泣ける平成の家族小説。

以前読んだ、奥田さんの『家日和』がなかなか面白かったので、同様に家族をテーマにした短編集だということで手に取ってみました。
今回は家庭というより夫婦関係における危機に焦点が当てられています。
いろんな夫婦が登場し、さまざまな危機が描かれますが、最後にはほっこりあたたかい気持ちになれる話ばかりで、とても気分良く読めました。


収録されている6作品の中で一番面白いと思ったのは、「夫とUFO」。
普通のサラリーマンである夫が、ある晩急に「実はさ、UFOがね、おれを見守ってくれてるんだよね。」などと言い出す。
冗談かと思いきや、夫はまじめにUFOの存在を信じているらしい。
もしや我が夫は「イっちゃった」のだろうか…と思い悩んだ妻が、あれこれ探りを入れ、夫が職場で大変な状況に陥っているということを突き止めて――という話です。
突然UFOの話をしだすという突拍子のなさに、最初は笑って読んでいるのですが、だんだん妻と同様、この人大丈夫だろうか…と心配になってきます。
そこで懸命に夫の真意を探ろうとし、ついに夫の置かれている苦境を知る、妻の必死さ。
そして最後に夫を救うために一芝居打つ妻のけなげさが胸を打ちます。
どんなに夫のことを心配して、大事に思っているか、妻の深い愛情が痛いほど伝わってきました。


思わず涙腺が緩んでしまったのが「妻とマラソン」。
これは『家日和』に登場したある夫婦の後日談的なストーリーになっています。
大きな文学賞を受賞してベストセラー作家になった夫。
その夫に置いていかれたような気持ちになって、やりがいや目標を求めてマラソンを始めた妻。
やがて妻は東京マラソンに出場することになります。
ベストセラー作家のモデルはもしかして奥田英朗さん自身なのでしょうか。
専業作家の生活ぶりや、編集者との関係など、とても興味深く読みました。
もちろん妻や子どもたちとの関係も生き生きと描かれていて、自然と感情移入してしまいます。
妻の心情を思いやる夫、母親のチャレンジを応援する子どもたちの様子に微笑ましいものを感じました。
また、私も昨年大阪マラソンの応援に行ったのですが、沿道から出場選手の家族と思われる人たちの声援がたくさん飛んでいて、なんだかとてもあたたかい気持ちになったのを覚えています。
それを思い出しながら東京マラソンの場面を読んでいると、まるで自分もこの家族と一緒に応援しているような気持ちになり、ラストは作中の作家の夫と共に涙してしまったのでした。


夫婦の危機といってもそれほど深刻すぎることはなく、どんな家庭でも起こりうるようなささやかな、けれども当事者にとっては重大な事件を、ユーモアと感動を交えて描いていて、共感しやすい作品でした。
何より、夫婦って大変なことももちろん多いけれど、それでも素敵な関係だなぁと思えました。
読むとなんだか優しい気持ちになれそうな短編集です。
☆4つ。