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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『お文の影』宮部みゆき

お文の影 (角川文庫)

お文の影 (角川文庫)


「おまえも一緒においで。お文のところへ連れていってやるよ」月の光の下、影踏みをして遊ぶ子供たちのなかにぽつんと現れた、ひとつの影。その正体と、悲しい因縁とは。「ぼんくら」シリーズの政五郎親分とおでこが活躍する表題作をはじめ、「三島屋」シリーズの青野利一郎と悪童3人組など人気キャラクターが勢揃い!おぞましい話から切ない話、ちょっぴり可笑しい話まで、全6編のあやしの世界。

単行本・ノベルス時には『ばんば憑き』というタイトルだったのが、改題されて文庫化。
この季節にピッタリ?な時代もの怪談短編集です。
やはり怪談は舞台が現代のものよりも、昔のものの方がなんとなくしっくりくるような気がしますね。
現代よりも闇が濃く、科学が発達していなかった時代においては、魑魅魍魎や心霊話にも、なんとなくリアリティがあるような感じがするのかもしれません。
かと言って宮部さんの作品の場合は怖すぎるということはなく、切なかったりしんみりしたりする話が多いので、怖いものがあまり得意でない人にも安心です。
個人的には「三島屋百物語」シリーズと同じような感覚で読みました。
実際に「三島屋百物語」シリーズの登場人物が活躍する話もあって、宮部さんの時代物を愛読している人ならば、きっと他のシリーズとのつながりを感じながら楽しめること請け合いです。


しかしながら、「怪談」とひとくくりにしていまうのは、もしかしたら乱暴かもしれません。
というのもこの作品にはいろんなタイプの「ちょっと怖い話」「ちょっと不気味な話」が収録されていて、必ずしも幽霊話だけに限らないからです。
見える人にしか見えない謎の絵が描かれた掛け軸の話「坊主の壺」。
影踏み遊びをする子どもたちに混じる正体不明の「影」の謎を追う表題作「お文の影」。
黒い蒲団のようなものに目玉がびっしりついているという不気味な怪物退治の様子を描く「博打眼」。
胡散臭い坊主が紙問屋の10歳になる息子に<とうさいき>なる鬼がとり憑いたと言い出す「討債鬼」。
湯治に出かけた若夫婦が、泊まった宿で相部屋になった老婆から不思議な昔話を聞く「ばんば憑き」。
御家人が猫又に導かれて木槌の化け物退治に乗り出す「木槌の墓」。
この中で正統派の幽霊話と言えるのは「お文の影」くらいでしょうか。
あとはどちらかというと妖怪とか化け物の類、そして呪いや憑き物を扱う話が多いです。


そしてそういった「この世のものでない怪異」を描いていても、あくまでも主役は人間というのが宮部作品らしいところです。
私が一番気に入ったのは表題作の「お文の影」でした。
謎の影の正体を突き止める話としてももちろん楽しめますが、それ以上に登場する人々の優しさが心に沁みる物語です。
影の存在に気付いておびえる子どもを思いやったり、影の正体を知って哀れみ、その影を「行くべきところ」へ送ってやったり…。
影の正体の裏にある物語はとてもむごくてつらいものでしたが、登場人物たちの心優しさに救われた気がしました。


それから、「ばんば憑き」もとても印象的な話でした。
この作品だけは他の作品と少し雰囲気が違っているような気がします。
器量よしの幼なじみと結婚して名家に婿入りした男が、少しずつかわいいだけの女房ではないと気づいていくところが、ある意味この話の中で老婆が語る憑き物話よりも怖く感じました。
ラストシーンの後、この先夫婦関係がどのように変わっていくのかと想像すると、ちょっと背筋が寒くなる感じがします。
「三島屋百物語」シリーズを読むといつも、一番怖いのは幽霊より化け物より何より、人間だと感じるのですが、この短編集も同じでした。
きっと宮部さんの主眼が「人間を描くこと」にあるからなのだと思います。


宮部さんならではのするする読ませる文章とプロット展開に加え、適度な不気味さと気味悪さで、とても読みやすい短編集でした。
時代物と怖い話が苦手でなければ、ぜひお薦めしたい作品です。
☆4つ。