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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『おしまいのデート』瀬尾まいこ


中学三年生の彗子は両親の離婚後、月に一度、父の代わりに祖父と会っていた。公園でソフトクリームを食べ、海の見える岬まで軽トラを走らせるのがお決まりのコース。そんな一風変わったデートを楽しむ二人だったが、母の再婚を機に会うことをやめることになり…。表題作のほか、元不良と教師、バツイチOLと大学生、園児と保育士など、暖かくも切ない5つのデートを瑞々しく描いた短編集。

瀬尾まいこさんらしい、優しくあたたかい雰囲気にあふれた短編集です。
今年の集英社文庫ナツイチの「優」(優しい作品ということです)に選ばれているのも納得ですね。


タイトルに「デート」とある通り、デートをテーマにした短編が5作品収められています。
ここでの「デート」とは、恋仲にある男女がふたりでお出かけすること、という意味ではありません。
もっと広義の「デート」なのです。
それはおじいちゃんと孫娘だったり、定年退職した元教師とその元教え子だったり、同じクラスというだけで大して仲がいいわけでもない男子高校生同士だったり、離婚経験を持つ女性会社員と男子大学生だったり、女性保育士と園児の男の子だったり。
性別も関係性も関係なく、「ふたりでお出かけすること」イコール「デート」です。
このような「デート」という言葉の使い方、女性にはわりあいなじみがあるような気がします。
学生の頃などよく女友達とふたりで遊びに行く時は手帳に「デート」と書いたっけな。
男性はさすがにそういうことはしないと思いますが、女性である私にはこの短編集における「デート」の定義はすんなり馴染むものでした。
きっと瀬尾さんも若い頃そんなふうに「デート」という言葉を使っておられたのでしょうね。
なんだか懐かしい感覚で、それだけで優しい気持ちになれました。


収録されている5編のうち、個人的ベストは表題作の「おしまいのデート」。
中学生の彗子(すいこ)は両親が離婚して以来、月に一度父方の祖父と会ってデートをするのが恒例になっていました。
けれどもある事情によりそのデートは終わりを迎えることになります。
彗子のおじいちゃんがなんとも可愛らしくて魅力的なのです。
彗子はミックスのソフトクリームは好きではないということをいつも忘れてミックスを買ってきてしまったり、運転が下手で彗子を車酔いさせてしまったり、「映画はアメリカ人が出ているもの」という間違った認識をしていたり、写真を撮られると魂が抜けると言い出したり…。
ちょっと普通じゃないけれど、お茶目で憎めないおじいちゃんなのです。
彗子は小学生の時に両親が離婚して、それぞれの親が新しいパートナーを見つけて新しい生活を始めたりして、もしかしたら家庭に恵まれているとは言えないかもしれませんが、家庭における欠落を埋めて余りある存在がおじいちゃんだったんじゃないかな、と思えます。


「おしまいの」とある通り、この短編集に収録されている作品はすべて、何かの「終わり」を描いていますが、それが決して完全な「終わり」ではないところがいいなと思いました。
一旦は終わるけれど、それはまた次の何かにつながる「終わり」。
明確な約束はなくても、きっといつかふたりはまた「デート」するのだろう、というのがはっきりと感じられます。
少し悲しい別れも描かれてはいますが、どの作品も未来への希望が感じられて、読後感が非常によかったです。


それにしても「デート」って素敵な響きですね。
いつでもメールやSNSで手軽に人間関係を築き維持することのできる昨今ですが、お互いの予定をつきあわせて日時を決めて待ち合わせをして…というちょっと面倒くさいプロセスを経ての人と人とのつながり。
会ったらどこへ行こう、何をしよう、どんな話をしよう、服は何を着ていこう…とあれこれ考えるのも楽しいものですよね。
今後情報技術の進歩により、今よりももっと外に出なくてもできることが増えていくのかもしれませんが、「デート」ができる相手と機会をいつまでも持ち続けていたいものだと思いました。
☆4つ。