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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『片思いレシピ』樋口有介


ママが取材旅行に行っている間に、親友の妻沼柚子ちゃんと通う学習塾の先生が殺されちゃった。人形のような柚子ちゃんを贔屓して、こっそりお菓子をあげていた先生。どういうわけか柚子ちゃんのご家族が事件の捜査にのり出しちゃって、って、パパ聞いてる!?あの柚木草平の愛娘・加奈子の、はじめての事件と淡い恋を瑞々しい筆致で描いた“柚木草平シリーズ”、待望の文庫化。

「柚木草平」シリーズの番外編的な位置付けになるのでしょうか。
なんと主人公が、いつもの柚木草平に代わって、彼の娘である小学6年生の加奈子ちゃんだというので、どんなものかなと思いつつ読み始めてみたら、予想以上に面白かったです。


加奈子が通っている学習塾「槇塾」の講師、松永先生が、塾の講師控室で殺されているのが発見されました。
加奈子の友達である柚子(ゆずこ)ちゃんのおじいさんは、槇塾の塾長と昔からの知り合いということもあり、警察に先んじて事件を解決するなどと言い出して「捜査」を始めてしまいます。
加奈子も、事件記事ライターの父・草平に助けを求め、事件の捜査に参加。
柚子ちゃんの豪華な手料理をごちそうになったり、気になる男の子ができたり…と、なかなか忙しい日常を送る加奈子ですが、さて事件の行方は――?


このシリーズの魅力の一つに、柚木と、彼を取り巻く女性たちとの会話が面白いというのがあります。
物騒な殺人事件に首を突っ込んで記事を書いているライターの柚木ですが、女性にはめっぽう弱く、いつも振り回されている感があります。
そしてそんな女性たちの一人には、柚木の一人娘である加奈子も含まれるのです。
小学生のわりに大人びているというか、世慣れているというか、何かすでに悟っているようなところのある加奈子。
どんどん母親(柚木にとっては別居中の奥さん)に似ていく加奈子にたじたじの柚木の姿が笑えます。
柚木が主人公ではなく、加奈子視点で描かれている分、いつものシリーズ作品よりも柚木と加奈子との会話が多くて、ふたりの会話が好きな私としては得した気分でした。
思った以上にしっかり者で、ちょっと冷めた部分もありつつ、やっぱり小学生らしいところや女の子らしいところもあって、新たな加奈子の魅力に気づかされました。
すっかり大好きなキャラクターになってしまったので、今後加奈子には本編でも活躍の場を増やしてほしいところです。


そして、加奈子以外の登場人物も、非常に個性的で面白い人たちばかりでした。
加奈子の友達で、いつもお姫様のようなかっこうをしている柚子、柚子のおじいちゃんにおばあちゃん、そして加奈子の淡い初恋の相手でもあるお兄ちゃん。
一家そろってとても個性的。
個性的な面々だからこそ、会話も普通ではなくて、それがまた面白い。
彼らが食卓を囲み、そこに加奈子もちゃっかりお邪魔する場面が何度か出てきますが、読んでいてとても楽しかったです。
料理が趣味の柚子がつくるものはどれもが本格的な上においしそうで、読んでいるとお腹が減ってきそうでした。
そんなおいしい料理を食べながら、柚子のおじいちゃんが名(迷?)探偵ぶりを発揮する「捜査会議」がとても楽しげで、私もこの輪の中に入りたいと思ってしまいました。
それにしても探偵役の多いミステリでしたね。
加奈子に柚子一家、柚木、山川刑事…数えてみたらなんと7人も!
犯人候補よりも人数が多いのではないでしょうか。
ミステリとしてはどんでん返しがあるわけでもなく、比較的スムーズに事件が解決へ向かっていきますが、加奈子をはじめとする個性際立つキャラクターたちの奮闘する様子と、ユーモアたっぷりでテンポのいい会話に十分満足できました。


いつものハードボイルド調とはちょっと雰囲気が違いますが、番外編だからこその伸び伸びとしたストーリー展開が楽しかったです。
それにしても、事件と初恋とを経てさらに大人の女性に近づいた加奈子、柚木はますます彼女に翻弄され頭が上がらなくなっていくのかな…と今後の彼の苦労、いや喜びを想像すると、思わず笑みが浮かんできます。
シリーズ本編の続きも楽しみになりました。
☆4つ。