tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『春から夏、やがて冬』歌野晶午


スーパーの保安責任者・平田は万引き犯の末永ますみを捕まえた。いつもは容赦なく警察に突き出すのだが、ますみの免許証を見て気が変わった。昭和60年生まれ。それは平田にとって特別な意味があった―。偶然の出会いは神の導きか、悪魔の罠か?動き始めた運命の歯車が2人を究極の結末へと導く!

歌野晶午さんのミステリが好きです。
意外性たっぷりの真相はもちろん、単に謎解きだけではなく人物描写もしっかりしていて、そこが好きなのです。
今回読んだ『春から夏、やがて冬』も人物描写は楽しめたけど、ミステリとしては私が期待していたものとはちょっと違っていたかなぁ…。


総合スーパー・ベンキョードーに勤める平田誠は、ある日末永ますみという若い女性万引き犯を捕まえます。
ますみが差し出した免許証には昭和60年生まれとあり、それを見た平田は彼女を警察に突き出すのを思いとどまります。
平田には高校生だった娘を交通事故で失った過去があり、その娘も昭和60年生まれだったのです。
死んだ娘と同い年だという理由でますみに娘を重ね、経済的に困窮するますみを援助することにした平田でしたが――。


万引き犯とそれを捕まえた保安責任者という関係で出会ったますみと平田が、一種の共依存関係になっていく経過と、その関係の終着点が描かれている作品です。
平田が抱える事情、そしてますみが抱える事情が、ストーリーが進むにつれ少しずつ明かされていきますが、2人はお互いに相手のような人を必要としていたんだろうなと思わせる説得力がありました。
少しずつ情報を小出しにして、読者の興味を引き続ける書き方が巧いなぁと思います。
さらにそれが季節の移り変わりともリンクしていて、季節感たっぷりの描写が平田とますみの運命的な物語をとても印象的なものにしていました。
最終章はタイトル通り、「やがて冬」のタイミングで終わるのですが、物語の結末と相まって、何とも言えない切なく、わびしい気持ちをかきたてられます。
そういえば歌野さんの代表作『葉桜の季節に君を想うということ』も、「葉桜の季節」が物語において重要な意味を持っていました。
季節感とミステリは意外と相性がいいのかもしれません。


最初に書いた通り、個人的にはミステリとしては期待していたのとは違っていました。
どんでん返しや衝撃の真相が提示されるようなミステリが私の好みですが、そういうタイプの作品ではありませんでした。
謎が解明されるカタルシスもあまりありません。
それでも、この作品は間違いなくミステリなのです。
少々ネタバレっぽくなりますが、最後まで読んでも真相は明示されてはいません。
一応の探偵役と言える人物が憶測を交えた推理を披露していますが、その推理が完全な正解だとも思えません。
最後は読者自身が真相を推理しなければならないのです。
私も少し読み返しながらあれこれ考えてみて、一応ひとつの推理を組み立ててみました。
それが正しいかどうかは分かりません。
でも、もしも正解であったなら…と仮定して考えてみると、平田とますみ、それぞれの心情が重く胸に迫ってきます。
ふたりともきっと、自分のためではなく、相手のことを考えた上での行動だったんじゃないかな。
お互いに相手のために「自分にできること」を実行した結果があの結末だった、と考えると胸が痛くなりますが、そうだとすると思い通りにはなったわけですから、ふたりとも救われたと思いたいところです。
少々現実離れしているというか、自分が同じ立場に立った時に同じ選択をするかというと微妙なところですが、人間の心情、特に平田やますみのような、失うものがない状態になっていたり、強い引け目を感じていたりする人間の心情は、不可解で非論理的なものではないかと思います。
結局、この作品において最大の謎とは、人間の心だったのかもしれないと感じました。


期待通りではなかったけれど、これはこれでありかな。
ただ、文庫版帯の「『葉桜の季節に君を想うということ』を超える衝撃!」とあるのは、煽りすぎかと。
帯の惹句は大切だけど、あまり大げさなのはいただけないなぁ。
不必要にハードルが上がってしまって、結局読者のためにも作品のためにもならないと思います。
☆4つ。