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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『きみはいい子』中脇初枝

([な]9-1)きみはいい子 (ポプラ文庫)

([な]9-1)きみはいい子 (ポプラ文庫)


17時まで帰ってくるなと言われ校庭で待つ児童と彼を見つめる新任教師の物語をはじめ、娘に手を上げてしまう母親とママ友など、同じ町、同じ雨の日の午後を描く五篇からなる連作短篇集。家族が抱える傷とそこに射すたしかな光を描き出す心を揺さぶる物語。

第28回坪田譲治文学賞受賞、第1回静岡書店大賞1位、2013年本屋大賞4位という高い評価を受けた作品。
とはいえ個人的には受賞歴よりも、よく行く書店のツイッターで一押しされていたのが気になって、文庫化されたら絶対読もうと思っていました。


とある地方都市が舞台の連作短編集です。
小学校の新米先生、子育て真っ最中のお母さん、地域のために働くPTA会長、戦争を生き抜いてきたおばあさん、認知症の母を持つ独身女性。
さまざまな年齢、立場の人物を主人公とする5つの物語が収められています。
全ての話に共通するのは、子どもに対する虐待が描かれているということ。
直接的な描写は多くはありませんが、それでも読んでいて胸が詰まるというか、息苦しいような気分になる場面が多かったです。
虐待を受けている子どもはもちろん、虐待をしている親、その周りにいる大人…どの視点で見ても辛いし、苦しい。


とはいえ、どんなに虐待を許せない、止めなければと思ったとしても、虐待をしている親を糾弾し責め立てるだけでは解決しない問題であるということも事実です。
私自身は両親からたっぷり愛情を受けて育ってきた、恵まれた人間だと思います。
成長するに従って、世の中いろんな事情を抱えた家庭があるのだということが分かってきました。
遠足の時にお母さんの手作りのお弁当ではなく、カロリーメイトを持ってきた子。
サンタクロースの存在を信じていない、なぜならうちに来たことはないから、と言った子。
別に虐待されているわけでなくても、家庭にはそれぞれいろんな事情があります。
その事情ひとつひとつに向き合わなければ、「家族の問題」である虐待を止めることはできないのだろうな、とこの本を読んでいて思いました。
そしてまた、自分の周りで虐待に気付いた場合、どうすればいいのかということも考えさせられました。
事情も分からずよその家庭に踏み込むのはためらわれますが、そうは言っても子どもがひどい目に遭っているならやっぱり助けてあげたい。
そんなときに自分ならどうするか、何ができるのか…。
難しい問題ですが、決して無関心でいてはいけないことだと思いますし、多くの人が関心と問題意識を持つことで解決方法も模索できるのではないかと思います。


そして、この作品のよいところは、決して虐待のことだけをテーマにしているわけではないというところです。
虐待はメインテーマではありますが、それだけではなく、過去から現在に至るまでの日本社会が抱えてきたさまざまな問題をも描いています。
戦争のこと、民族差別のこと、貧困、学級崩壊、介護問題…。
いろんな社会問題がさりげなく描かれていますが、個人的には桜並木が切り倒されたという話と、どんど焼きや夏祭りでのおみこしが廃止されたという話とが印象に残りました。
エピソードとしては小さいですが、まさに現代の日本社会を象徴するような話だと思ったのです。
桜並木が切り倒されたのは、大きくなりすぎて邪魔だとか、倒れたら危険だとか、落ち葉が多くて掃除が大変だとか、そういった意見が出たから。
どんど焼きやおみこしが廃止されたのは、煙に対して苦情が出たり、子どもが習い事などで忙しくて子供会に入らなくなり、みこしの担ぎ手がいなくなったりしたから。
面倒くさいもの、厄介なものはすべてなくしてしまえばいいと、そういう安易な解決法が選ばれることによって、地域社会が失ってきたものはたくさんあるのだと思います。
簡単で楽な方へ流されてしまうことが実際多くて、それでいいのかと思いながらも、みんな忙しいし面倒くさいからまあいいか、となりがちな現代社会。
時代の流れによる社会の変化は避けられませんが、それでもほんの少し考え方を変えてみれば、失わずに済むものもたくさんあるはずなのに。
あくまでも優しい筆致で、誰のことも責めてはいませんが、この作品が警鐘を鳴らそうとしているのはそういうことなんじゃないかな、と思いました。


重いテーマを扱っていますが、どの話もわずかでも確かな希望が見える終わり方をしており、読後感はよかったです。
自分自身の地域社会との関わり方を考えさせられるとともに、光の射す方へ歩いていくための勇気をもらえるような気がする短編集でした。
☆4つ。