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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『神様のカルテ 3』夏川草介

神様のカルテ 3 (小学館文庫)

神様のカルテ 3 (小学館文庫)


「私、栗原君には失望したのよ。ちょっとフットワークが軽くて、ちょっと内視鏡がうまいだけの、どこにでもいる偽善者タイプの医者じゃない」内科医・栗原一止が三十歳になったところで、信州松本平にある「二十四時間、三百六十五日対応」の本庄病院が、患者であふれかえっている現実に変わりはない。夏、新任でやってきた小幡先生は経験も腕も確かで研究熱心、かつ医療への覚悟が違う。懸命でありさえすれば万事うまくいくのだと思い込んでいた一止の胸に、小幡先生の言葉の刃が突き刺さる。映画もメガヒットの大ベストセラー、第一部完結編。

あ、「第一部完結編」だったのね、と上記のあらすじを見て今さら気付きました。
確かに主人公の医師・栗原一止に大きな転機が訪れるこの3作目は、シリーズにとっても大きな転換点となる作品でしょう。
毎回のことながら非常に読み応えがあり、このシリーズの良さを再認識しました。


地域医療の中核を担う本庄病院。
そこで働く医師・看護師たちは、相も変わらず多忙を極めていました。
そんな中、40過ぎの女性消化器内科医である小幡先生が着任し、本庄病院の内科の雰囲気に変化が表れます。
しかし、美人で有能な小幡先生は、最初のうちこそ評判がよかったものの、だんだんと喰えない人物であることが明らかになっていき、看護師の中には小幡先生と対立する者も現れます。
内科医の栗原一止も、彼女から厳しい言葉を投げかけられて、心を悩ませることに――。


小幡先生という強烈な新キャラが本庄病院に新たな波紋を巻き起こす3作目。
一止は小幡先生の存在が刺激になって、ある一つの決断を下すに至ります。
それほどまでにストーリー上重要な役割を果たす人物となった小幡先生ですが、本当に印象の強い人物です。
一止だけでなく、看護師や、時には患者相手にさえ、容赦なく厳しい言葉を浴びせることもあって、きつい性格のように見えますが、実際のところそうした厳しさは、医師としての彼女の使命感や責任感の強さから生まれてくるものだと分かります。
医療の現場は決して生易しいものではなく、余裕のある状況ではありません。
だからこそ、厳しい態度で臨まなければならない場面も多々ある。
それを十分分かっているからこその小幡先生の覚悟にしびれました。


このシリーズを通して描かれてきたのは、医者も医者である前にひとりの人間であるということだと思います。
人間だからこそ、みなひとりひとり考え方が違い、それは医療への向き合い方の違いにもなる。
どれが正しいというものではないし、1人でも多くの患者を助けたいという、その目的が同じなら分かりあえるのも医者という職業なのだな、と一止と小幡先生とのやり取りから感じました。
そして、人間だからこそ、悩み、苦しみ、迷い…時には誤ちも犯す。
小幡先生の登場を機に、今まで以上に考え込む場面の増えた一止の姿を読みながら、読者としてもなんだか考え込んでしまいそうになります。
医療従事者たちがどんなに頑張っても、きつい勤務をこなしていても、一向によくはならない現場の状況に対して、私たち一市民ができることは何かないのか?
どうすれば過酷な医療業務に日々向き合っている人たちの必死の働きに報いることができるのだろう?
――簡単に答えが出るようなことではありません。
でも、今の日本の医療が抱えている問題を知っておくことは、誰にでもできて、問題解決の第一歩にもなり得る大事なことだと思います。
小幡先生は一止に対し、医者にとって無知は悪だと説きます。
これは一般市民である患者側にも言えることなのではないでしょうか。
誰もが必ずお世話になり、少なからず公的資金も投入されている医療の現場で、今何が起こっているのか。
それを知ろうともしない無知と無関心が医療への無理解につながり、そのために医療関係者を苦しめることになるのだと思います。
でも、この作品を読めば少なくとも現状の一端を垣間見ることはできる。
こうして小説という形で素人にも分かりやすいように医療の現実を伝えてくれていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。


一止と、同僚たち、患者たち、細君、御嶽荘の住人たち…それぞれの心の通い合いが丁寧に描かれているのが相変わらず素敵です。
今回もところどころ泣かされました。
もちろん、信州の四季折々の風景は美しいし、コーヒーやお酒はおいしそうだし、細君のハルは可愛らしいし…とこのシリーズならではの魅力も変わらず。
やっぱり大好きな作品です。
一止の新しい挑戦が始まるのであろう第二部も、楽しみでなりません。
☆5つ。