tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『本日は大安なり』辻村深月


11月22日、大安。県下有数の高級結婚式場では、4月の結婚式が行われることになっていた。だが、プランナーの多香子は、クレーマー新婦の式がつつがなく進むか気が気ではない。白須家の控え室からは大切な物がなくなり、朝から式場をうろつくあやしい男が1人。美人双子姉妹はそれぞれ、何やらたくらみを秘めているようで―。思惑を胸に、華燭の典に臨む彼らの未来は?エンタメ史上最強の結婚式小説!

久しぶりに辻村深月さんの作品を読んでみました。
辻村さんの作品は今まで学生が主人公の作品しか読んだことがなかったので、子どもから大人までいろんな人々の視点で書かれたこの作品はなんだか新鮮でした。


老舗の結婚式場、「ホテルアールマティ・ウェディングサロン」。
11月22日大安というこの佳き日に、この式場では4つの式が予定されていました。
美人双子姉妹の妹が花嫁となる、相馬家・加賀山家の式。
ウェディングプランナー歴5年の山井多香子が担当する十倉家・大崎家の式。
花嫁の甥っ子の小学2年生がリングボーイを務めることになっている東家・白須家の式。
何やら訳あり?の男が新郎の鈴木家・三田家の式。
それぞれの思惑と企みが交錯する4つの式は、無事に終わるのでしょうか――?


4つの結婚式に関わる4人――花嫁、ウェディングプランナー、花嫁の甥、花婿――の視点が目まぐるしく入れ替わって、4つの式の物語を語っていきます。
それぞれ多少のつながりはありますが、基本的には同じ日に同じ会場で式を挙げるというだけの、他人同士の物語なので、4つの話はそれぞれ独立しています。
それでもごちゃごちゃとややこしくならずに、ちゃんと一つの結婚式場を舞台にした群像劇として成り立っています。
双子姉妹のお互いへの意識だとか、嫁いでゆく大好きなお姉さん(叔母)を心配する甥っ子のいじらしさだとか、運だけで人生を渡り歩いてきたような新郎のダメ男っぷりだとか、それぞれ読みどころはありますが、私が一番共感でき、また面白いと思ったのは、ウェディングプランナーの山井多香子の話でした。
彼女の視点で語られる話は、お仕事小説的な側面が強く、働く女性ならウェディングプランナーとして奮闘する多香子の姿を自分自身と重ね合わせて読むことができると思います。
自身は結婚が一度破談になったというつらい体験をしていて、それでもその経験を乗り越えてウェディングプランナーになった多香子。
そのプロ意識には頭の下がる思いがしました。

十一月二十二日、日曜日、大安。大安は、六輝の中で何事においても全て良く、成功しないことはないとされる。だけど、大安はただそれだけでは実現しない。それを可能にするのは、私たちだ。
それが、ウェディングプランナー。大安を作り、支える職業。


222ページ 3~6行目より

いやあ、かっこいいですね。
こんなウェディングプランナーに担当してもらえるなら、きっと思い出に残る素敵な式を挙げられると思います。


他の3つの話はちょっとミステリ仕立てというか、語り手たちがそれぞれ隠し事や企みを持っていて、それが一体どのようなもので、どんな結末を迎えるのかというのが気になり、どんどん読まされました。
辻村さんの作品はちょっと癖があるというイメージでしたが、この作品は非常に読みやすいと思います。
結婚式が舞台ということで、そうそう変わった設定にはなりようがないですからね。
結婚というものが、単純に幸せでめでたいものであるというような描き方をされていないのも好印象です。
人生はそれぞれにいろんなことがあって、みんなそれぞれのドラマを経て結婚に至っている。
そして結婚はゴールではなくスタートで、結婚してもその後の生活にはまたいろんな苦難が待っている。
だからこそ、結婚式ぐらいはまるでテーマパークのような、夢の世界の住人になれるような1日であってもいいじゃないか。
ホテル・アールマティは老舗の結婚式場で、どうやらなかなか豪華なレベルの式場になるようです。
豪奢な結婚式や披露宴を否定的に捉える人も少なくありませんが、式を挙げる人たちの様々な事情を踏まえた上で、豪華な式をポジティブに描く物語に好感を抱きました。


結婚式に出席すると自分もなんだか幸せな気持ちになれたりしますが、この作品の読後感もそれと全く同じような感覚でした。
どんな事情があっても、どんな相手であっても、あらゆる結婚は一期一会。
素直にその幸福を祈り、祝福できる人間でありたいと思いました。
☆4つ。