tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『下町ロケット』池井戸潤

下町ロケット (小学館文庫)

下町ロケット (小学館文庫)


研究者の道をあきらめ、家業の町工場・佃製作所を継いだ佃航平は、製品開発で業績を伸ばしていた。そんなある日、商売敵の大手メーカーから理不尽な特許侵害で訴えられる。
圧倒的な形勢不利の中で取引先を失い、資金繰りに窮する佃製作所。創業以来のピンチに、国産ロケットを開発する巨大企業・帝国重工が、佃製作所が有するある部品の特許技術に食指を伸ばしてきた。
特許を売れば窮地を脱することができる。だが、その技術には、佃の夢が詰まっていた――。
男たちの矜恃が激突する感動のエンターテインメント長編!
第145回直木賞受賞作。

昨年、ドラマ「半沢直樹」の大ヒットにより、原作者の池井戸潤さんも大きな注目を浴びました。
かなり前から名前だけは知っている作家さんでしたが、実は作品を読んだことはありませんでした。
遅ればせながら、ようやく池井戸作品の魅力に触れることができました。


宇宙科学開発機構でロケット研究に携わっていた佃航平。
しかし、ロケット発射失敗の責任を取り、研究者の道をあきらめて、亡くなった父の跡を継ぎ佃製作所の社長となります。
新技術の研究開発に力を入れ、高い技術力で順調に業績を伸ばしていた佃製作所でしたが、ある日主要取引先である京浜マシナリーから突然の取引終了を告げられます。
追い打ちをかけるように、同業の大企業・ナカシマ工業から特許の侵害で多額の賠償金を求める裁判を起こされます。
一気に苦境に陥る佃製作所。
そんな中、国産ロケットを開発する帝国重工が、佃製作所が持つバルブに関する特許の使用許可を求めてきました。
特許使用を認めれば多額の使用料が入って危機を脱することはできますが、佃はバルブを自社で製造して帝国重工に納入することにこだわり、社内でも若手を中心に意見対立が起こります。
さて、佃製作所は苦難を脱することができるのでしょうか――?


さすが企業小説の名手と言われるだけあって、ビジネスの現場が生き生きと描かれています。
しかも、エンターテインメントとしてちゃんと面白い。
次々に苦難が襲い掛かってきて、登場人物たちが苦心惨憺しながらその苦難を一つずつ乗り越えていく。
それによって生まれるカタルシスは「半沢直樹」とも共通しているのではないでしょうか。
実際に仕事の現場では苦難の連続です。
佃製作所が直面する、取引先の喪失や法廷での闘い、社内での意見対立などは、どこの会社でも経験し得ることばかりです。
実際にそのような事態に遭遇し、苦労したことのあるサラリーマンは多いことでしょう。
こうしたリアリティこそが、池井戸作品が多くの人に支持される理由なのだなと思いました。
企業で働いたことのある人なら誰もが、「そうそう」と共感できるような要素が詰まった小説なのですから。


登場人物たちの仕事への取り組み方にも共感できるところ、参考になるところがたくさんありました。
佃の、自分の夢を追いかける姿勢は大事だなぁと思いました。
もちろん仕事においては何もかもが自分の思い通りになることばかりではありませんし、社長という立場であればなおさら自分の個人的な想いは抑えなければならないことも多いでしょう。
「社員を食べさせるため」または「自分や自分の家族が食べていくため」に、仕事は仕事と割り切ることも時には必要だと思いますが、それだけでは長く仕事を続けていくことは難しいのではないかとも思います。
やはり、ほとんどの人は限られた人生のうちのかなりの時間を仕事に割くのですから、そこに楽しみや喜びや個人的な思い入れがなければ、精神的につらいと思うのです。
佃のように社長であれば、自分の夢を社員たちにも理解してもらい、同じ夢を目指してもらう努力は大切ですね。
「佃製作所はいい会社だ」とある人物が終盤に言いますが、これは本当にそう思います。
新型ロケットに使用するバルブの特許に関して分裂した社内の意見が再び一つにまとまったのも、誠実で情熱的な佃の人柄が社員たちに慕われているからでしょうし、そういう会社は魅力的だと思います。
佃以外では、個人的には銀行からの出向である経理の殿村部長が好きです。
生真面目でいかにも銀行員っぽいところがあるかと思えば、内には熱いものを秘めている。
こんな人と一緒に仕事をしてみたいですね。


企業小説というとちょっと難しそうなイメージもありますが、文章がとても読みやすくて、文中に出てくるビジネス用語(営業利益とか経常利益とか)も丁寧に説明されていたのでスラスラ読めました。
次に読むのは「半沢直樹」シリーズもいいけど、『空飛ぶタイヤ』や『鉄の骨』も面白そうだなぁ。
また読書の幅が広がることになりそうでうれしいです。
☆4つ。