tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『MEMORY』本多孝好

MEMORY (集英社文庫)

MEMORY (集英社文庫)


葬儀店のひとり娘に産まれた森野、そして文房具店の息子である神田。同じ商店街で幼馴染みとしてふたりは育った。中学三年のとき、森野が教師に怪我を負わせて学校に来なくなった。事件の真相はどうだったのか。ふたりと関わった人たちの眼差しを通じて、次第に明らかになる。ふたりの間に流れた時間、共有した想い出、すれ違った思い…。大切な記憶と素敵な未来を優しく包みこんだ珠玉の連作集。

『MOMENT』『WILL』に続くシリーズ第3弾。
葬儀屋の娘・森野と、文房具屋の息子・神田。
同じ商店街に生まれ育った幼なじみの2人の、ただの友達とも恋人とも違う、確かな絆で結ばれた、だけど微妙な関係を描いています。
今回は森野と神田の周りにいる人々の視点で書かれているので、一見するとこの2人が主人公ではないかのようですが、それでもしっかりと2人の関係性が浮かび上がっています。
すぐ近所に住む幼なじみで、お互いに相手のことが好きだと周りにも思われているほどで、でもそれでもなかなか重ならない2人の人生。
じれったいようなこの関係が読みどころですが、前作『WILL』と同様きちんと結末がついてスッキリしました。
2人を真正面から描くのではなく、第三者の視点からさりげなく描いているところがこのシリーズの雰囲気に合っていて、素敵な描き方だなと思いました。


また、この作品はミステリとしても楽しめます。
特に1話目の「言えない言葉」のある仕掛けにはびっくりさせられました。
…まぁ、そういう仕掛けがあるような話だとは思わずに読んでいたから予想外の展開に驚いてしまったのであって、仕掛け自体はミステリが好きな人なら誰でも一度は遭遇したことのあるようなシンプルな仕掛けなのですが…。
思わぬミステリ要素にびっくり、そしてうれしくなりました。
また、全編を通しての謎として、森野が中学卒業間近に教師を階段から突き落とした事件の真相、というものがあります。
最後の最後に明らかになるその真相は何とも言えない嫌な類のものでしたが、その事件を受けての森野の選択に森野らしい神田への気持ちがよく表れていて、謎の真相の不快感に反して読後感は非常によいものでした。
一番近くて、でも近すぎない、そしてさりげなく互いを思いやっている――。
そんな森野と神田の関係がうらやましいです。


とても好きな雰囲気のシリーズなのですが、この結末を見るにこの作品が完結編なのかなと思います。
ちょっと残念な気もしますが、いい雰囲気で終わってくれて、ほっこりした気持ちになれたので満足です。
☆4つ。