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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『完本 初ものがたり』宮部みゆき


新作3篇をひっさげて、茂七親分が帰ってきた! 茂七とは、手下の糸吉、権三とともに江戸の下町で起こる難事件に立ち向かう岡っ引き。
謎の稲荷寿司屋、超能力をもつ拝み屋の少年など、気になる登場人物も目白押し。鰹、白魚、柿、菜の花など、季節を彩る「初もの」を巧みに織り込んだ物語は、ときに妖しく、哀しく、優しく艶やかに人々の心に忍び寄る。
ミヤベ・ワールド全開の人情捕物ばなし。

以前ドラマ化もされた、岡っ引きの茂七を主人公とする時代ミステリです。
もともと私はあまり時代小説が好きでなかったこともあり、宮部さんのファンでありながらこの作品はずっと未読のままでした。
ようやく苦手だった時代小説も読めるようになり、新作を追加した「完本」が出たとのことで、遅ればせながら読むことができました。


この作品は本所深川の岡っ引き・茂七が遭遇する事件や騒動を解決する人情捕物。
舞台は江戸時代ですが、連作短編ミステリとして楽しめるので、時代小説が苦手な人にも比較的とっつきやすいのではないかと思います。
岡っ引きや江戸の商家など、江戸時代ならではの職業についても丁寧に説明されていますし、描かれる事件や騒動は、現代の事件とそれほど大きく異なるものではありません。
むしろ、男女の恋愛絡みや、家族の抱える問題など、今も昔も人間は同じようなことで悩んだり憎んだり怒ったり悲しんだりしているんだな、としみじみさせられました。
あれ?
この前の『豆腐小僧双六道中おやすみ』の感想でも同じようなことを書きましたね(笑)
まぁ現代人が現代人に向けて書いた小説なのですから当たり前なのかもしれませんが、実際のところ、時代が違っても人間という生き物はそう大きく変わるものではないのではないかと想像しています。
だからこそ遠い昔を舞台にした物語でも、普通のミステリのように楽しめるのだと思います。
ミステリとしても殺人事件から「日常の謎」まで、いろんな種類の話が読めて得した気分でした。


それから、なんといっても宮部さんの書く人物像は、嫌な人間も出てきますが、基本的にはまじめで善良な人が多くて、読んでいてほっとさせられます。
時には恨んだり憎みあったりして、それが恐ろしい事件につながることもあるけれど、いい人もたくさんいるからこそ絶望する必要はないというような気持ちになれます。
江戸っ子らしい「粋」を身に付けた茂七親分は決して英雄的な主人公ではなく、普通のおじさんぽいのですが、そこがむしろいいなと思いました。
茂七のおかみさんに手下の権三と糸吉を加えた、まるで家族のような結びつきもあたたかく、心地よい物語世界を作ってくれています。
ただ者ではなさそうな謎の稲荷寿司屋台の親父に、霊視のようなことができて拝み屋をやっている少年・日道も、それぞれ全編を通してのキーパーソンとしてとても印象的な人物でした。


稲荷寿司屋台の親父の謎が残ったままのこの茂七親分シリーズ。
巻末のあとがきによると、今後は他のシリーズとあわせて展開していきたいとのことで、一気に期待が高まりました。
宮部さんの時代小説はどれも読んでいて楽しいので、他のシリーズの登場人物と茂七との共演があれば、ファンとしてはこれほどうれしいことはありません。
楽しみに待ちたいと思います。
☆4つ。