tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『折れた竜骨』米澤穂信



ロンドンから出帆し、北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。その領主を父に持つアミーナは、放浪の旅を続ける騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父に、御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた…。いま最も注目を集める俊英が渾身の力で放ち絶賛を浴びた、魔術と剣と謎解きの巨編!第64回日本推理作家協会賞受賞作。

米澤穂信さんはもともと好きな作家さんですが、それに加えて私の好きなミステリとファンタジーの融合と聞けば、読む前からワクワクして、ずっと読めるのを楽しみにしていました。
しかも日本推理作家協会賞受賞という折り紙つき。
期待通りにミステリとファンタジーの両面を楽しむことができました。


舞台は12世紀のイングランド。
ブリテン島から船で3日の距離にあるソロン諸島を構成する島の一つ、小ソロン島に館を構えるエイルウィン家。
ソロン諸島を治める領主、ローレント・エイルウィンは、東方のトリポリ伯国からやってきた騎士、ファルク・フィッツジョンから、エドリックという名の恐るべき暗殺騎士に命を狙われているという警告を受けます。
ところがその警告もむなしく、翌日ローレントは剣で貫かれた死体となって発見されます。
ローレントの娘アミーナはファルクとその従士ニコラに、父を殺した犯人を捕らえるよう命じます。
ローレントに直接手を下したのは暗殺騎士ではなく、暗殺騎士が魔術により操った「走狗(ミニオン)」であり、その走狗が誰なのかを突き止めることが暗殺騎士を追いつめることにもつながると説明するファルク。
彼らは走狗を探し出すべく調査を始めます。
アミーナは無事父の仇を討てるのでしょうか…?


剣と魔術の世界、というのはファンタジー好き、RPG好きにはたまらない世界ですね。
でも、この作品の舞台は全くの架空の世界ではなく、現実のヨーロッパであり、登場する地名も実在のものです(ソロン諸島以外は)。
ハイファンタジーではなく、歴史小説のような趣もあるので、ファンタジーが苦手な人にとっても比較的読みやすいのでは、と思います。
でも騎士やら身分の高いお嬢様やら魔術師やら囚われの異国人やら傭兵やら、ファンタジーらしい登場人物が次々出てきて、戦闘の場面などもあるので、ファンタジー好きの読者も十分満足させてくれます。
ソロン諸島の描写も、領主の館や港、市場、町の様子など丁寧に設定されていて無理がなく、読んでいてすんなりと情景が想像できます。
戦闘シーンは読んでいて久々に胸が躍るような感覚を味わいました。
敵は「呪われたデーン人」という、首を切り落とさない限り死なないという強敵。
それに対して騎士や傭兵たちが、剣や弓など各自が得意な武器で戦いを挑んでいくのですが、激しい戦闘の迫力がしっかり伝わってきました。
米澤さんの確かな描写力と、何より剣と魔術の世界が好きだという気持ちがよく分かりました。


もちろんしっかりミステリとしても成立しています。
魔術が使えるんだったら何でもありなのでは?という疑問は誰の胸にも浮かぶでしょうが、魔術が存在する世界という舞台設定の中で、きちんと論理で謎解きをするミステリのルールを守っています。
その点に関しては完全にフェアであり、コアなミステリファンにとっても満足できるものだと思います。
また、犯人の絞り方も、「誰々なら○○が可能だったからこの人が犯人だ」というような論法ではなく、容疑者全員について詳しく検討し、犯人ではありえない人を除外していくという方法なので、非常に分かりやすく納得のいく推理が展開されていました。
伏線も全編にわたってしっかりと張り巡らされており、私は今回自分で推理は試みませんでしたが、やろうと思えば読者にも推理で犯人を突き止めることが可能だと思います。
この点も非常にフェアで、米澤さんの本格ミステリへのこだわりが感じられました。
特に「読者への挑戦状」というものは登場しませんが、作者として単に物語を書くのではなく、読者に対して謎とその解答を提示するということが意識されていると思います。
また、探偵役とその助手が容疑者たちに話を聞いたり、実地検証したりといった捜査を行い、最後には関係者が全員集う場所で探偵役が犯人を指摘する「儀式」が行われるというのも、ミステリファンにはおなじみの形式で、舞台設定が違っていてもこれはいつもの読み慣れたミステリだ、という安心感のようなものがありました。


結末が少しほろ苦く、切ない雰囲気なのも米澤さんらしいなぁと思いました。
個人的に一番好きな場面は、ローレントの通夜の修道院のシーンかな。
アミーナに初めて「自分のために戦ってくれる騎士」ができるという場面なのですが、謎解きにはあまり関係がないながら、物語としてはラストシーンにつながる重要な場面です。
そしてさらにラストシーンからつながるその先…要するに続編が読めたらいいのになと思いました。
もう少しこの世界に浸ってみたいです。
☆4つ。