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tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『丕緒の鳥』小野不由美

丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)

丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫)


「絶望」から「希望」を信じた男がいた。慶国に新王が登極した。即位の礼で行われる「たいしや大射」とは、鳥に見立てた陶製の的を射る儀式。陶工である丕緒(ひしょ)は、国の理想を表す任の重さに苦慮する。希望を託した「鳥」は、果たして大空に羽ばたくのだろうか──表題作「丕緒の鳥」ほか、己の役割を全うすべく、走り煩悶する、名も無き男たちの清廉なる生き様を描く短編4編を収録。

十二国記」シリーズのファンにとっては待望の新作。
私は新潮文庫で完全版が刊行され始めてからの読者ですが、講談社X文庫ホワイトハートで読んでいたファンの方にとっては本当に長い間、ずっと待ち続けてきた新作なんですよね。
それを思うとにわかファンの私にとってもなんだか特別な作品と思えて、読むのが楽しみでした。


待ち望まれていた新作は、シリーズ番外編的な短編集です。
十二国記といえば「王と麒麟の物語」というイメージが強いですが、この『丕緒の鳥』は役人であっても位の低い人や、全くの庶民など、民間人にかなり近い視点で描かれている話ばかりで、そこが番外編という印象を強くしています。
けれども、民間人であっても王や麒麟であっても、それぞれの立場なりに苦しみ、悩み、もがいているのは同じ。
自分に一体何ができるのか、自分の立場で一体何をなすべきなのか。
十二国記シリーズの登場人物にはそんなふうに思い悩む人物が多い気がします。
そして、思い悩んだ末に、それぞれなりの答えを見出して、せいいっぱい自分にやれることをやろうとする。
そんな人物の姿に胸を打たれ、励まされるような気持ちになります。


収録されている4編の短編は、どれも短編ながら長編に匹敵する読み応えがありました。
表題作「丕緒の鳥」で描かれるのは、射儀という儀式に使われる鳥を模した陶製の的を作る職人たちを統率する丕緒という人物の、射儀と射儀に臨む王に対する複雑な心境です。
射儀が象徴するもの、射儀に込める丕緒や職人たちの想い、そしてそれを理解しようとしない王への失望。
そんな中新たな王が登極し、丕緒は複雑な気持ちのまま射儀の準備を整えます。
自分の想いが届かない、理解されない、でもそれでも職責は果たさねばならない。
その苦しさは現実の世界を生きる私たちにも十分理解できるものですし、だからこそラストのカタルシスが印象的でした。


「落照の獄」は、王の命によりずっと自粛されてきた死刑を復活させるか否かでさんざん悩み、議論する役人たちの話です。
これはもうそのまんまですが、死刑の是非を問う重厚な内容になっています。
短編でここまで密度の濃い、重い話が書けるのがすごいなと感心しました。
改心は無理だと思わせるような、普通の人間には理解の及ばない動機で凶悪な罪を重ね、多くの命を奪った犯人に対し、民は死刑を望みますが、司法に関わる人々は死刑を適用することを躊躇します。
民意を汲むことは大切。
だが死刑も結局は人殺しなのでは?
改心する見込みのない犯人を生かしておくためのお金は誰が出すのか、再犯の可能性はないのか?
国が傾いているときに一度死刑の前例を作ってしまうと、歯止めが効かなくなるのでは?
…そんな堂々巡りの議論の果てに判決は下されますが、なんとも後味の悪いような、すっきりしない思いが残りました。
でも、結論がどちらであろうと、モヤモヤした部分は残っただろうなとも思います。
死刑の是非は本当に難しい問題だと改めて考えさせられました。


「青条の蘭」は、ブナの木が謎の病気により枯れていくことに気付いた小役人・標仲が、仲間や協力者たちの尽力でようやく見出した特効薬となる植物「青条」を繁殖させるため、王のもとへ苗を届けようと旅路を急ぐ物語。
ブナの林が崩壊すれば、人々の住む集落に大きな災いをもたらすことになる。
そのことに気付いて、どうにか悲劇を阻止しようと全力を尽くす標仲たちの姿が胸を打ちます。
標仲が王宮へと急いで無理な旅路を行く場面は、なんとなく『走れメロス』っぽいなと思いました。
ですが、標仲は途中で力尽きてしまいます。
それでも彼の気持ちを汲んで、全く関係のない人々が何のためなのかすら分からないままに苗をリレーしていくところがこの話のハイライトです。
事情を説明しきれなくても、真剣な想いはちゃんと見知らぬ人にさえも届くのですね。
「希望」を一番強く感じた作品でした。


そして最後の「風信」は、理不尽なお触れにより家族を殺され、ひとりぼっちになった少女・蓮花の物語です。
前半は蓮花が置かれる過酷で悲惨な状況に涙し、後半は蓮花が住み込みで働くことになった家でさまざまな「変わった」仕事をしている男たちと蓮花との交流にホッとしました。
蓮花が身を寄せた家では「暦を作る」という仕事をしているのですが、最初はいまひとつその重要性が分からなかった蓮花。
ですが、少しずつ暦が人々が生きるためにどれほど大切かということが理解できてきて、それと同時に家族を殺されたことによる傷も少しずつ癒えていく過程がじわじわと胸に沁みます。
「いつかきっといい時代が来る」という、ちっぽけな人間たちの切実な祈りと、前を向こうとする強さに泣かされました。


シリーズ本編の「王と麒麟の物語」と比べるとスケールは小さくなっているかもしれませんが、描こうとしているものは同じではないかと思いました。
つらく厳しい時代の中で、困難な問題に直面した時、人はどう生きるのか。
非常に力強く、また同時に優しい光を感じる作品でした。
☆4つ。