tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『明日の空』貫井徳郎

明日の空 (創元推理文庫)

明日の空 (創元推理文庫)


帰国子女の栄美は桜の美しさを楽しむ余裕もなく、不安いっぱいで日本の高校での初日を迎えた。幸いにも友達ができ、気になる男の子とも仲良くなれたものの、やがて辛い別れを経験することに…。時は流れ、大学生となった栄美の前に現れたある人との出会いをきっかけに、高校時代の思い出はまったく別の形を見せてゆく―。『慟哭』の著者が仕掛ける、忘れられない青春ミステリ。

貫井徳郎さんといえば、シリアスで重い話の作品が多いという印象。
それだけに一見普通の青春小説として始まるこの作品には驚かされました。
貫井さん、こんな作品も書けるのね…と、新たな一面を見た気分です。


父の仕事の関係でアメリカから日本の高校に転校した高校3年生の栄美(エイミー)。
日本の風習や人間関係に馴染めるだろうかと不安いっぱいでしたが、思っていたよりもすんなりとクラスに溶け込み、友達もできて楽しい生活が始まりました。
そして、その中には気になる男の子も。
転校初日から印象的だった、背が高くてかっこいい飛鳥部(あすかべ)に惹かれ始める栄美。
将来海外で仕事をしたいという希望を持つ飛鳥部の方でも、帰国子女である栄美に関心を持ってくれたらしく、やがて栄美は飛鳥部からデートの誘いを受けます。
ところが、いざデートの約束をすると、なぜか必ずすれ違ってしまい、会えないということが何度か続きました。
その後なんとかデートにこぎつけ、栄美は楽しい日々を過ごしますが、意外にすぐに彼との別れの日がやってきて…。


物語は3つのパートに分かれていますが、最初のパートはもう本当に普通の高校生活を描いた話になっています。
もちろんミステリ作家の貫井さんの作品ですから、全く何の仕掛けもないということはなく、ちょっと釈然としない感じのままパート2へ進みますが、こちらもまた普通の大学生の話かと思いきややっぱりちょっと不思議な、スッキリしないエピソードがいくつか出てきます。
そして最後のパートでようやくそれまでの伏線がつながり、ある意外な事実が明かされていきます。
伏線の張り方の巧みさはさすが貫井さんですね。
トリックスターの本領発揮で、最後のパートでスッキリした気分になれると思います。
個人的に、パート1に仕掛けられていたアレに気付けなかったのはかなり悔しかったです。
違和感すら感じなかったとは…ボーっと読んでいてはいけませんね。
貫井さんのネタの仕込み方が自然で上手だったのだと思いたいところです。


そんなわけでミステリとしてはなかなかでしたが、一方で全体的なストーリーとしては、ミステリなのか青春小説なのかラブコメなのか、ちょっと中途半端にも感じました。
私としてはミステリ+恋愛小説の組み合わせは大好物なので、もう少し両者をバランスよく、読み応えたっぷりに描いてほしかったなと思いました。
読後感はこの作者の作品にしてはかなり良い方だったし、女子高生の一人称もわりと自然で、非常に読みやすかったのはよかったのですが、少々物足りなかったです。
ネタバレになるので詳しく書けませんが、この作品のテーマとなっている○○についても、伝えたいメッセージは分かるのですが、そんなに軽い問題ではないはずなので、もう少し掘り下げてほしかったいうのが正直な感想です。
テーマの重さのわりに、ストーリーや文章の軽さがちょっとアンバランスな印象を受けました。


とはいえ最初にも書いた通り、さわやかな青春ミステリという、これまでの貫井さんの作風のイメージを覆すような物語はとても新鮮な気持ちで楽しめました。
登場人物の一人が言うとおり、「明日はきっと晴れる」とみんなが思って前向きに生きていけたらいいなと思います。
☆4つ。