tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『ツリーハウス』角田光代

ツリーハウス (文春文庫)

ツリーハウス (文春文庫)


じいさんが死んだ夏のある日、孫の良嗣は、初めて家族のルーツに興味を持った。出入り自由の寄り合い所帯、親戚もいなければ、墓の在り処もわからない。一体うちってなんなんだ?この際、祖父母が出会ったという満州へ行ってみようか―。かくして、ばあさんとひきこもりの叔父さんを連れた珍道中が始まる。伊藤整文学賞受賞作品。

角田光代さんの作品にはいつも力強い何かを感じます。
対岸の彼女』も『八日目の蝉』もそうでした。
力強い何か、の「何か」の部分は作品ごとに違っていても。
『ツリーハウス』は一見普通の家族小説でありながら、やはり力強さが全体を貫いていました。


新宿駅西口の近くにある翡翠飯店という小さな中華料理店を営む藤代家。
祖父と祖母、父と母、いい年をして仕事もせずぶらぶらしている叔父、すでに成人している兄妹3人。
3世代にわたる大家族ではあるものの、藤代家はまるで簡易宿泊所のように、家族の結びつきが薄く、人の出入りの多い家でした。
祖父が死んだのをきっかけに、そんな家族のあり方に疑問を覚え、自分たち家族のルーツに関心を持った3兄妹の末っ子・良嗣は、祖父母が出会った地だという満州へ祖母を連れていくことを思いつきます。
なぜか叔父の太二郎もついてきて、3人は長春への旅に出ます。


物語は2つのパートに分かれていて、良嗣たちの長春への旅を描いた現代のパート、そして祖父母の出会いから始まる過去のパートが交互に語られます。
現代のパートで良嗣の祖母・ヤエが、何十年ぶりかに戻ってきた中国の地で一体何を見るのか気になりつつも、過去のパートで語られる藤代家の歴史にどんどん引き込まれました。
家族を捨て、故郷を捨てて、新天地を目指して満州へ渡り、紆余曲折を経て出会った祖父の泰三と、祖母のヤエ。
やがて戦争が終わり、必死の思いで満州から引き揚げて内地へ戻り、終戦のどさくさにまぎれて誰の土地かも分からない場所に勝手に家を建てて、そこで中華料理店を始めた泰三とヤエの話から、やがてバトンはその息子の慎之輔に渡ります。
そしてさらにバトンは慎之輔から良嗣へと渡されていきます。


その間には藤代家という家族の中でのいろんな出来事が起こります。
生まれて、死んで、恋をしたり、結婚したり、別れたり…。
藤代家の人々は、みな本当に普通の庶民です。
いえ、どちらかというとあまりパッとしない人生を送っている、「負け組」に入るような人たちばかりです。
そんな庶民の暮らす日々が、特に大きな事件もなしに時系列で語られていくだけなのに、非常に面白くて読み応えがありました。
自分の親や祖父母が、自分が生まれるまでにどんな人生を歩んできたのかなど、特に話をすることがなければ一生知らないままでしょう。
でも、実は人ひとりの人生にはいろんな出来事があって、さらにはそこに世相や時代というものも関わってきます。
太平洋戦争、戦後の混乱、高度経済成長、学生運動浅間山荘事件、昭和天皇崩御、バブル、阪神大震災オウム真理教…と昭和から平成の日本史が藤代家の歴史にも、直接にではなくともどこかで間接的に関わっていて、この作品1冊を読むだけで日本のここ何十年かを一気に時間旅行したような気にさせられました。
おそらくどんな家族でもそうなのでしょう。
さかのぼってルーツをたどってみれば、人生に起こるさまざまな出来事と共に、その家族が生きる国の歴史も浮かび上がってくる。
だからこそまるで骨太な大河ドラマを見たかのような充実感が読後に得られたのだと思います。
そして改めて近代・現代の日本は激動の時代なのであり、私自身もその中に生きているのだということを認識し、感慨深い気持ちになりました。


ラストに出てくる、「家族を作るものは希望だ」という言葉がとても印象的です。
激動の時代の中で、藤代家の人々もみなそれぞれに苦悩して、多くの苦労もします。
就職に失敗したり、結婚に失敗したり、決して人生に成功しているとは言えないけれど、それでも日々は続いていくし、どんな形であってもなんとか生きていける。
食卓を共に囲むということがめったになく、一見バラバラなように見える藤代家も、ちゃんと家族としてのつながりはあって、それを土台に人生を続けていける。
そのことこそが、希望なのだと思いました。
☆5つ。