tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『県庁おもてなし課』有川浩

県庁おもてなし課 (角川文庫)

県庁おもてなし課 (角川文庫)


とある県庁に生まれた新部署「おもてなし課」。若手職員の掛水史貴は、地方振興企画の手始めに地元出身の人気作家・吉門に観光特使を依頼する。が、吉門からは矢継ぎ早に駄目出しの嵐―どうすれば「お役所仕事」から抜け出して、地元に観光客を呼べるんだ!?悩みながらもふるさとに元気を取り戻すべく奮闘する掛水とおもてなし課の、苦しくも輝かしい日々が始まった。地方と恋をカラフルに描く観光エンタテインメント。

図書館戦争』、そしてこの『県庁おもてなし課』と、この春は有川さんの人気作品の映画化が相次いでいます。
実写映画の「図書館戦争」は前評判よりだいぶ好評のようで、私も気になっています。
「県庁おもてなし課」はこの週末(5/11)から公開ですが、こちらはどうでしょうか。
原作を読んだ分にはとても面白かったので、映画にも期待したいところです。


高知県庁に新設された「おもてなし課」。
県の観光発展のために、独創性と積極性を持ってどんどん企画を立案してほしい。
そんなざっくりとした使命しかなく、さて一体何からやるべきかと頭を悩ませるおもてなし課の課員たち。
一番若手の掛水は、他県のまねをして観光特使という制度を導入することを思いつき、県出身の有名人たちに特使になってもらうよう依頼しますが、その中の一人、人気作家の吉門から厳しい指摘を受けることになります。
どうしようもなく「公務員」で「お役所体質」である県庁おもてなし課は、民間からの力を借りて、観光立県を目指し奮闘しますが、その行く手は山あり谷ありで…。


「おもてなし課」というのは実際に高知県庁に存在する部署なんだそうです。
それは分かった上で読み始めましたが、それにしても観光特使の名刺のくだりだとか、やけにリアリティがあるなぁ、と思ったら、これまた実際に有川さんが高知県の観光特使として経験されたことをそのまま小説に取り入れていたのですね。
それは説得力があるはずです。
と同時に、自分が経験した「ちょっと面白いこと」は全部小説のネタにしちゃおうという有川さんのしたたかさを垣間見た気がしました。
仕事の遅さ、視点のずれ、センスのなさ…県庁と県庁職員の「お役所体質」「公務員体質」にズバズバ切り込んでいて、「民間」側の私からすると痛快な部分もありましたが、こんなふうに容赦なく批判されたお役所側の人たちにとってはたまったものではないだろうなとも思います。
ですが、単に批判するだけではなくて、お役所が紋切り型にならざるを得ない理由もちゃんと描かれています。
その点有川さんはすごくフェアで、バランス感覚に優れた人だなと思いました。
だからこそ、辛口批判を盛り込んでいても、最後まで気持ちよく読めるのだと思います。


読み終わってからよくよく考えてみると、この作品に書かれていることは当たり前のことばかりなんですよね。
「お客さんの視点に立つ」とか、「自分が当たり前と思っていることが、よその人にとっても当たり前だとは限らない」とか、「新しい何かを作るのではなくて、今ある財産を最大限に活かす」とか。
これらはみな、観光業に限らず、どんな業種においても「商品やサービスを売る」ということにおいて、非常に大事なことだと思うのです。
つまり、この作品はどんな職業の人が読んでも面白くてヒントになる、良質の「お仕事小説」なのです。
何か前例のない斬新なことをやろうとした時に、いろんな壁にぶつかってなかなか前に進まないのも、何もお役所に限った話ではありません。
企業でも普通によくあることなのではないでしょうか。
困難にぶつかった時に、どんなふうに突破口を見出していくか、落としどころを見つけるか―仕事をしている人なら誰でも経験するようなことを、これだけ楽しげなエンターテインメントに仕上げているのだから、有川さんはすごいなぁと思います。


そしてもう一つ、ちゃんと高知のPRと観光案内の役目も果たす作品になっているところが素晴らしい。
なんだかんだと県庁の仕事にはケチをつけつつも、故郷を愛してやまない有川さんの想いが文章からあふれ出しています。
だって、読んでいて実際に高知に行ってみたくなりましたからね。
四万十川や仁淀川の清流に癒されたり、カツオのたたきや皿鉢料理を食べたり、日曜市を冷やかしたり、馬路村のゆず製品を買ったりしたい!
新幹線もメガバンクもテーマパークもない、ないないづくしの県だけど、光はある。
それならばその光をぜひ観に行ってみたいものだと思いました。
有川さんが言われるように、高知だけではなく他の地方も一緒になってその魅力を磨いて、国際的にもアピールして、日本全体が元気になったら本当にいいのになと思います。


本筋の物語の合間に差し挟まれるラブコメエピソードが有川さんらしくて、ファンならうれしいところです。
巻末の対談や、いくつかの自治体のPR広告も面白かったです。
気持ちいい読後感で、なんだかとても元気になれました。
☆5つ。