tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『月の恋人 -Moon Lovers-』道尾秀介

月の恋人: ーMoon Loversー (新潮文庫)

月の恋人: ーMoon Loversー (新潮文庫)


不甲斐ない彼氏と理不尽な職場を捨ててひとり旅に出た弥生は、滞在先の上海で葉月蓮介と出会う。蓮介は、高級家具を扱うレゴリスの若き経営者として注目される存在だった。一方、この街に住むシュウメイは、美貌を買われ、レゴリスのCMモデルに選ばれるも、それをきっぱりと断っていた――。恋は前触れもなく始まった。道尾秀介があなたに贈る、絆と再生のラブ・ストーリー。

ホラーやミステリを得意とされる道尾秀介さんの作品としては、異色作と言っていいくらい、今までの作品とは毛色が異なっています。
作者としてもこういうストーリーの小説は挑戦だったのではないでしょうか?
読んでいてとても新鮮に感じました。


大手建設会社に勤める派遣OL、弥生。
ある日職場で理不尽な扱いを受け、傷心の弥生は学生時代から長年付き合ってきた彼氏に会いに行きますが、まともに働きもせずパチンコに興じる彼に愛想を尽かし、衝動的に彼とは別れ仕事も辞めて、上海へ旅行に出かけます。
そこで出会ったのは、高級家具を扱い急成長中のレゴリスという会社の若き経営者、蓮介でした。
そして、紆余曲折の末、蓮介の会社レゴリスのCMモデルに抜擢された中国人のシュウメイと、シュウメイを見出した蓮介の親友・風見。
やがて4人は東京で、レゴリスのCMを縁に交流を深めていきますが…。


タイトルと、月9ドラマのために書き下ろされた作品であるということから、バリバリの恋愛小説かなと想像していたら、実際はそれほど恋愛メインではなかった印象です。
一番印象に残ったのは、若き経営者としての蓮介の苦悩と、弥生・蓮介・シュウメイがそれぞれついてしまう嘘、でした。
経営者は孤独だ、という言葉をどこかで聞いたことがありますが、蓮介の姿がまさにそれでした。
仕事では成功していると言えるものの、社内で腹を割って話せる相手はほとんどおらず、会社がつぶれる夢をしょっちゅう見るという蓮介。
そんなときに出会ったのが、自分にはない視点を持った弥生で、蓮介も弥生もお互いに自分とは異なるところの多い相手だからこそ惹かれていくのですが、ちょっとこの辺りの恋愛面での心の動きが分かりにくいのが残念です。
「嘘」という点では、他にも嘘がポイントになっている作品を書かれている道尾さんだけに、自分のプライドを守るために弥生たちがついつい嘘をついてしまう様が自然に描かれていました。
嘘と言っても、相手が勝手に勘違いしたのを、あえて訂正せずにそのままにしておいたというような、積極的についた嘘ではありませんが、それだけにこういうことってあるなぁと思わされます。
少しでも自分をよく見せたい、他人に見くびられたくないという気持ちは誰にでもあるものですが、結局そういう気持ちはどこかに満たされないところがあるから出てくるものなのでしょう。
嘘をついていたことを謝ったり、相手の誤解を解いたりするという行動が描かれることで、弥生やシュウメイの心情の変化がよく分かりました。
また、蓮介の嘘は、自分をよく見せようとする弥生やシュウメイとは逆に、自分が成功している社長であることを隠すものであるというのも印象的でした。


そういう恋愛面以外の部分はそれなりに面白かったのですが、恋愛小説としてはちょっと物足りなさが残ってしまいました。
なんというか…ときめきがない。
切ない気持ちになったり、甘く幸せな気持ちになったり…そういう、恋愛に特有の心情描写が弱かったなという印象です。
先にも書いたように、蓮介と弥生がお互いに惹かれていく描写もちょっと説得力不足の印象が否めません。
人物はそれなりに魅力的に描けているだけにもったいない気がしました。
特に脇役は、弥生の行きつけの酒場のマスターや、弥生の弟・祖父母、弥生が上海旅行から戻ってから務めることになる玩具会社の社長など、味のある人物が多くてよかったです。
それだけにそれらの登場人物が十分に活かせていないのが残念でした。


新境地もいいけど、やっぱり道尾さんはホラータッチのミステリが一番いいかなというのが正直な感想です。
同じ恋愛小説でも、もう少しミステリ要素を絡めたらまた違った感じだったのかもしれないなとも思いますが。
☆3つ。